ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

息子に対して頑張る理由【過去記事から】

こちらにお引っ越しする前はメインになるブログに載せていた記事なのですが、今回はあちらのブログは出来る範囲で時系列で書く事でもう少し読みやすくなれば、と思っています。ですのでこうした私のモノローグ的な記事はメインブログから漏れ落ちてしまうかもしれません。

ただ、時間の流れからは少しそれてしまうという理由でメインには載せにくいものの、少し書き残したいなと思うものもいくつかあります。そうした内容についてはこちらのサブに私のつぶやきとして書いていこうかなと思っています。

 

という訳でその第一弾としまして、まずは発達に凸凹がある事がわかった息子に対して手を尽くして頑張ろうと思ったきっかけを書いたこの記事をUPさせていただきます。

 

 

がむしゃらな理由

メインブログのタイトルに”ゆっくりがんばる”とあるのですが、もう少し記事を書き進めていきますと次第にみなさまはきっと”ゆっくりじゃなくて逆に必死な感じが否めない・・・”と思われるかもしれません。*1

 

確かにゆっくりじゃないかもしれませんが、頑張っているのには理由があります。

 

まず一つ目は『自分の子どもに対する特別な思い』というのは多くの方がお持ちの事だと思いますので、これはご理解いただけるかと思います。私もみなさんと同じで、大変手のかかる子ではありますが、この子なりの可愛らしさや楽しい事を糧に頑張っています。

そして発達障がいは遺伝的要因が大きいとされている様ですので、私や夫にそういった要因がある事は間違いないのでしょう。ならば私や夫はどの様に育てられてきたのかを振り返り、それらをヒントに手探りでやってみようと思った次第です。

これはむしろ『私がやらなくては、息子にしてやれるのは私だけだ』との思いからです。

 

 

そして二つ目ですが、↓メインブログで書きました通り、

let-me-pick-you-up.hatenablog.com

 妊娠初期に私の不注意から頭部を負傷してしまい、2度手術を受けた事がありました。その手術が胎児だった息子に影響があったかどうかはわかりません。。。ただ、治療の過程でとても強い痛みや不安を感じた事があり、そういった心理が大事な妊娠初期の息子の脳に影響を与えてしまったかもしれない・・・という罪悪感がずっとあります。

 

 

それから三つ目は、息子が生まれてきた時の事です。

亡くなった私の母親そっくりな顔をしていました(笑)

「んまー、母さん、あなた次に生まれる時は男の子に生まれたいって言ってたけど、まさか私の子になって生まれて来たの!?」なーんて思いました。

早くに亡くなった母がまだ思い残した事があって生まれ直してきたのかしら?なんてお産が軽かったもので随分楽天的に考えていました。

 

私は無宗教で、転生という事は特に信じている訳ではないのですが(その辺りは世間一般的な感覚と同じかな?とは思いますが)、この時は流石に『ま、母さんの生まれ変わりと思って大事に育てなさい、って事かしら?(笑)』といった程度に考えていました。

 

もちろん少し成長した今となっては息子は母親とは全然違った顔をしていますし、息子は息子、この子の人生ですから母親の代わり等とは思わずに息子の歩みたい道を一緒に探していけたらと思っています。

 

最後に四つ目ですが、息子は3歳まで目が合いにくかったり独特の気難しさがあったりと(気難しさは今もありますが、家族にとっては許容範囲程度に治まっています)本当に可愛いと思える瞬間なんかほとんどなくて、可愛いよりも大変さの方が際立っていました。

そういった経緯からメインブログにも書きましたけれど、一時的に息子に向き合えない時期がありました。そうした時期への懺悔の気持ちです。

 

 

その後一生懸命私なりにアプローチをしてきた事に息子も一生懸命応えてくれる様になってきました。そして『これがこの子の可愛さなのね』と思う事もたくさん増え、今は一緒に過ごす事が楽しい毎日を過ごしています。

子どもの可愛らしさも千差万別。この子の良さを私なりに見つけていきたいという思いで今は頑張っております。

 

ここまでの道のりは子どもに育てられ、子どもに導かれてここまでやってきたという感がとてもありますが、実際の今現在の頑張る理由としては”とにかく楽しい”というのが一番の理由かもしれません。

 

*1:本当は私自身の目線で言えば”ゆっくり頑張りたい”の方が良いかもしれません^_^;”ゆっくり”という語を使ったのは、息子が山と谷を何度も繰り返しながらそれでも長い目線でみると”ゆっくり”成長している様に感じていた当時の様子から取り入れました。