ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

心のデトックス期間(私の回顧録)

この1~2月は忙しかったという事もあるのですが、どうも私自身の心が沈んでしまってなかなかブログを更新出来ないでいました。

 

具体的に何か現実的な問題があった訳じゃないんですが、息子や周囲の方々と接するうちに私が幼い頃に受けてしまった心の傷を不意に思い出す事が多く、少し自分自身と向き合う時間を作っていました。

 

その中の一つを記録させて下さいね。

多分一番根が深い内容なので、記録してスッキリ自分の中から追い出してしまいたいと思います。

 

※ここからはかなり深刻な内容になるかもしれません。又、後ほど包丁の写真を載せようと思います。ですからこうした内容がお嫌いな方はどうぞ読み飛ばしていただく事をお願いします。

 

 

 

 

 

一緒に料理してみました

先日息子とお味噌汁を作る機会がありました。

そういえば2歳頃に一緒にスパゲッティをゆでた記憶が(笑)ありますが、一緒に料理なんてそれ以来かも?しれません(^▽^;)

(普段全然お手伝いさせていないのがバレバレですネ)

 

 

しかも今回はもうちょっと本格的です。

ちゃんと子ども用の包丁を準備して人参や大根のいちょう切り、皮むきにも挑戦♪

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息子の慎重な性格が功を奏し、怪我もやけどもする事なく、昆布とかつおでお出汁をとったお味噌汁は初めてのわりにとても上手に仕上がりました。

 

 

 

 

ネガティブな思考

そんな事をしていると、ふと私自身が母から料理を教わった過去を思い出しました。

 

母は手取り足取り教えてくれるタイプではなかったので、

「見よう見まねでやりなさい。」

と。包丁も見て覚え、味付けは殆ど自分の舌と勘で何とか覚えました。

といっても子どもがする事ですから、たまに包丁で怪我をする事もあれば火傷もそれなりに経験しました(笑)

 

そうして繰り返し作っていくうちにカレーライスや肉じゃが、筑前煮やほうれん草のおしたし等、オーソドックスな料理は一通り作れるようになり、以後、母の体調不良が続いていた事もあって小学生の高学年頃から家族の夕食や朝食づくりはしていました。

 

 

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しかし私が中学生になった頃、私も周囲の子と同様に思春期に突入し、母と衝突する様になったんですね。

 

衝突の原因は母が私の事を理解してくれない不満感でした。

 

一番不満を持っていたのは、そうですね・・・他のご家庭にくらべて躾に厳しく、料理や洗濯たたみだけでなく布団干しなんかも日々の日課として手伝いを課せられてしまった事でした。

 

確かに最初のうちは知らない事を知る楽しさや出来る様になる喜びもあって積極的に手伝っていた気持ちは覚えています。でも出来る様になるとだんだん面倒くさい気持ちも感じる様になったのは事実です。

 

でもそれだけではなかったのも確かです。

中学の勉強であったり、クラブや生徒会活動もしていたのでなかなか忙しく、人間関係のぎくしゃくなどでとても精神的にも肉体的にも疲れ切った毎日を過ごしていた私にとって、帰宅してからゆっくりする時間がなかった事が辛く、よく母と衝突していたんです。

 

「どうして私だけこんなに家事をしなくちゃいけないのよ!お母さん、一日中家にいるんだからお母さんがやってよ!」

と専業主婦だった母を毎日の様に責め立ててしまったのです。

 

でもその頃には既に母の脳には大きな病魔が住み着いていました。

痛みや辛さを私たちに上手く伝えられなかったり、理解されない苦しみの中で私しか頼れる人がいなかった・・・そんな所だと思います。

 

そういえば死ぬ少し前、こんな事を言っていました。

「もし私が死んでも大丈夫な様に、あなたが家事全般出来る様にさせておこうと思っていたのよ。」

今ならコンビニもスーパーもたくさんありますね。

実際、現在実家に残っている父と弟は殆ど料理が出来なくても何とか2人で生きている様です。

だけど当時はこんな世の中になるとは思っていなかったのでしょう。私に母親の代わりが務まる様に躾けたとの事でした。

 

 

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しかし当時はまだ病気も見つかっていなかったので、そうした思いを言う事が出来なかった様です。

親の心を知らずうるさく反抗する私に対し、母はイラっときたんでしょうね。

 

 

 

包丁を向けて指示に従わせる様になりました。

 

包丁を向けられては・・・従うしかありませんでした。

 

 

 

母にしてみたら
”頭がガンガン痛いのに言う事を素直に聞いてよ!”

って気持ちだけだったと思います。

最小のエネルギーで絶対に黙らせる奥の手でした。

 

 

 

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でもね・・・人間、包丁を向けられてしまったらもう抗えないんですよ。心が凍り付くと言いますか・・・信頼関係で成り立っていた関係が一気に崩れ落ちた瞬間でした。

 

それからも何度かそうした事があり、もう私は抵抗しなくなりました。

以降は母娘の信頼関係ではなく、主従関係に近い様な・・・従属だとか服従する様な気持ちを母に持つようになりました。

 

 

*********

その後、私は受験だろうが何だろうがほぼ毎日料理やその他の家事をし続けました。

(流石に大学受験の時だけは一年間料理をしなくても良いと言われた期間があったのですが、それでも出来る時はやる様にしていました。)

 

 

中学を卒業する頃には包丁を向けられる事はなくなりました。

それでも・・・一度深くえぐられてしまった心はちょっとやそっとの事では癒されなかったのです。

 

普段は何事もないかの様に過ごしていても、しかし過去に包丁を向けられた記憶は事ある毎に私自身を苦しめる様になりました。

 

何か表彰される様な事があったとしても・・・

良い成績に落ち着いてきたり学校の先生に褒められる様な事があったとしても・・・

友達から羨ましがられる様な特技を持っていたとしても・・・

それは全部ウソなんだろうと思う様になりました。

 

 

私なんかが褒められるはずがない。

私なんか生きていて良いはずがない。

私なんか望まれて生まれた訳じゃないんだろう。

 

だって母に包丁を向けられてしまうんだから。

 

 

だから今でもネガティブ思考なんです。

どんなに頑張ったって、最後にはダメな方向にいっちゃうんじゃないかなって心のどこかで思ってます。

 

『こんな私が育てているから・・・息子は発達障がいになっちゃったのかな・・・。』と常々思ってしまうんです。

本当は逆なんだろうとは頭では理解しているんです(=本当は私に発達の凸凹があり、母にはとても育てにくい子だったから包丁を向けてしまったのだろうし、私の遺伝子を受け継いでいるから息子も発達障がいが出てしまったのかな?と)。

 

けれど、心が納得出来ないんです。

 

だからいつも自分の好きな事とか自分が頑張った事を他人に素直に表現出来ないでいる様に思います。

 

こんな自分が嫌だから、ネガティブな自分をここに書き捨てようと思います。

今からは出来れば前向きに生きていきたいなぁ。

 

 

 

 

これ以上虐待が起きません様に・・・

昨今の子どもに関する悲しいニュースの多さにも心を痛める毎日ですが、繰り返される虐待が無くなる事を願ってこの記事を終わらせていただきます。

 

 

そしてもしこの記事を読んで下さった方はどうぞ周囲の方にお伝えいただきたいんです。

 

子どもには絶対に本物の包丁なんか向けてはいけないし、

目にはみえないかもしれないけれど言葉の刃だってきっと同じ事なはずなので、

どうかイラっとしたら場を離れたり少し大人のあなたご自分を甘やかしても良いので子どもに刃を向ける事だけはどうぞなさらないで欲しい、と。

 

もしイライラしている親御さんをみかけたら、親御さんの怒りに耳を傾けてあげて下さい。そうしていくうちに怒りを鎮めて冷静さを取り戻せるきっかけになれば、傷つく子どもが減るかもしれません。

 

子ども達が明るくポジティブに生きられる世の中である事を望みます。

 

 

 

包丁の後日談

母に包丁を向けられたお話をさせていただいたのですが、実はその包丁、今は私の手元にあります。実家から独立する時に母から譲り受けたんですね。

 

母はいつも必ず同じ包丁を私に向けていました。

もちろん私も毎日台所に立っていたのでその包丁がどんな包丁か良くわかっていましたが、嫌な気持ちになる包丁だから料理の際は殆ど使っていませんでした。

 

でも譲り受けて良くわかった事がありました。

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一番上の緑の柄が息子の包丁、真ん中が私が普段使っているもの、一番下の茶色い柄のものが母から譲り受けたものです。

写真の一番下の包丁がそうなのですが、写っていないのでわかりにくくて申し訳ないのですが先端は丸まっていて、刃は殆ど切れない状態だったのです。

 

最初から私に突き刺すつもりは毛頭なかった、という事なのでしょうね。

 

 

でもね、当時のインパクトは強烈だったよ、お母さん。

私はとても傷ついたし、今でもまだ引きずっています。

だけど当時あなたの気持ちや立場になって考えてあげられなかった事は謝ります。

 

こんな話をあなたが生きている間にしておけばよかったね。

 

 

 

 

※今日は最後までネガティブな内容でどうもすみませんでした。ご気分を害された方がいらっしゃいましたら大変申し訳ございませんでした。