ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

近頃のちょっとした変化 ~他者への眼差し~

他人の気持ちを思い測る

今年は長めのGWでしたね。

我が家では新年度の疲れが出たのか順番に風邪なのか鼻炎なのか?といった症状が出てしまい、特に何もせずのんびりと家で過ごしました。

 

息子の学校の方は・・・まぁ・・・ボチボチといった所でしょうか。

いつも毎年思う事ではありますが、大きく崩れてしまう前に適度に休みながら細々と通えればいいかなと思っています。

 

*********

そんな息子ですが、ここ1~2ヶ月の間で少しだけ対人関係で気になる変化がありました。他人が悲しんでいる様子や辛い気持ちを少しづつ汲み取る様子が見られたんです。

 

折角なので記録させて下さいね。

 

 

頭なでなで

ある日息子が学校から帰ってきてこんな事を言いました。

「あのね、今日ねお友達が苦手な給食が出てきて泣いちゃったの。それで可哀想だなと思って頭をなでなでしたよ。」

と。

 

あらら、母としてはちょっとびっくりしました(笑)

他人にも自分と同じ様に気持ちがあり、辛い時は泣いてしまうんだという事を理解したという事ですよね。

そして、その気持ちに共感し、慰めたいと思い頭をなでるという行為に及んだと。

 

うーーーーん、ちょっと感動しました。

自閉傾向にある方の中には他人の気持ちに気付きにくいタイプの方がいらっしゃるのですが、息子もそうなのかな?とずっと思ってきました。

だけど他人の気持ちに全く気付いていない訳でもなさそうだし・・・。

さて、この子はどんな風に成長するのかしら?

 

と思っていただけに、他者の気持ちに少しは気付く事が出来た、その事に純粋に嬉しく思いました。

 

*********

後日病院の待合室で泣いているお子さんの頭をなでなでしている息子を見たので、相手の悲しい気持ちに寄り添う気持ちが芽生えている事を実感しました。

 

今は”涙”という視覚的にもわかりやすい情報によって同情や共感を寄せているのかなと思います。これを見えない相手の心理という所へ少しづつ広げていけたらいいなと思ったエピソードでした。

 

 

 

毛布を人物に見立てる

上記の事があった後のある日、息子と車で移動していると、車内の毛布を丸めて座席に座らせ、シートベルトを締めてあげていました。

「これ、ボクの弟なの。」(実際には兄弟はいないので想像で遊んでいる様子です)

と言いながら形を整えたり頭をなでたりとお世話をして遊んでいる様でした。

そこで

「あら、弟ちゃんはくしゅんってお鼻が出てきたみたいよ。」

と言ってみたところティッシュで鼻を拭いてあげて

「キレイになったよ。」

と見立て遊びをしていました。

 

お人形遊びといえば定型発達のお子さんなら2歳前後頃から始まりますでしょうか?

 

長かったなぁ~、やっとここまで来れたのかな。

 

*********

きっかけは私がおもちゃの気持ちを代弁する様な遊びを少し前にやっていた事がありまして、

「(おもちゃが)くやしい~って言ってるョ。」

「勝って嬉しいみたいネ。」

なんておもちゃの気持ちを代弁していたら

「お母さんて、おもちゃの気持ちになるのが上手だね。」

と息子もこうした代弁を気に入った様子でした。

それを自分の遊びの中に少しづつ取り入れていく様子が見られたので、そこから発展したのかもしれません。(もちろんそれ以外にも多くの要素が加わっていったと思います。)

 

 

*********

発達や学習にはレディネスといって、学習の準備が出来ている状態で学ぶのが一番スムーズに習得出来るそうなんですね。

確かに今までに何度かこうしたアプローチをしてきた事はありましたが、今回がまさにレディネス、つまり他者の気持ちに立った考え方を学ぶタイミングだったのだろうと思います。

 

お人形遊びを通じて少しづつ相手の様々な気持ちに気付く事へと広げていきたいな、なんて思っています。

 

 

分かりづらい特性への考察 ~忘れた、要らない~編

※ちょっと夜更かしする余裕があったので珍しく夜分にUPさせていただきます。

 『要らない』も悪い言葉

 さて、前回↓からの続きです。

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

 

うちの子に限るかもしれませんが、ちょっと他の人とは違う独特な理解の仕方をしている特定の言葉や概念についての続きです。

 

前回は『ちょうだい』・『勝手に』・『適当に』・『しなさい』というキーワードについての記録でした。

今回は『忘れた』・『要らない』編です。

 

 

 

**********

まずは前回の書き漏れた『要らない』から。

 

例えば

(私)「ごはん、もう少しおかわり要る?」

と質問すると、

(息子)「要らない。・・・あっ、要らないって言ってごめんね。」

と答えるんですよね。

 

こちらとしては(「なんでごめん???」)と思っちゃうのですが、そんな空気を読むのか

(息子)「要らないなんて悪い言葉使ってごめんね。」

と付け足すんですよね。

 

どうもこちらもマイナスイメージと捉えている様で、要/不要の選択そのものに罪悪感を感じてしまう様なところがあります。

 

この子には物を捨てられない特性があるのですが・・・多分↑上記の罪悪感が関係しているんじゃないかなぁ・・・と思います。

将来ゴミ屋敷にならないか今から心配です(>_<)

 

 

 

夫の特性『忘れた』

※これは息子の特性とは異なる話なのですが記録させて下さいね。

 

夫は・・・未診断ですがアスペルガー症候群的な特性が色濃くある人で、都合が悪い質問や夫にとって不都合な過去の振り返りを求めた場合、かなりの高確率で『忘れた』と即答します。

 

本当に即答なんです。

思い出す素振りや時系列を追って話す努力を見せる様子は一切なく、ただ『忘れた』の一点張り。

 

もちろん本人に向かって「思い出す素振りも一切無い点などがかえって不自然だ」と指摘した事がありますが、それでも一度も口を割った事がありません。(記憶にないだけかもしれませんが・・・。)

 

なので他人に置き換えてみたんです。

息子が友達とトラブルになった話を夫にしてみました。

「先日、〇〇くん(息子のお友達でちょっと発達に偏りが感じられるお子さん)に嫌な事をされたみたいだから、〇〇くんに当時の事をたずねてみたら『忘れた』の一点張りなんだよね。思い出す素振りもないのよ。どうしてだろうね。」

と。

すると夫が

そりゃ都合が悪いからだろ。本当に忘れているわけじゃないと思うよ。

と。

 

 

(・・・自分の事を言われているという想像力が働かなかったのかもしれませんが、夫は自分が同じ事を言っていると気付いていない様でした。。。)

 

ちなみに息子には今のところ『忘れた』と言ってしまう特性は見られないですが、将来出てきてしまった時に忘れないように記録に残しようと思いました(笑)

 

分かりづらい特性への考察 ~ちょうだい、勝手に~編

新学期が始まったというのに・・・

全然書き進められなくて自分でも凹み中です(^^;)

 

心理的な事もありますが、学科だけ受かっていた保育士試験・・・実技が受からないまま2年が経過してしまい今年は学科から受けなおす事になっちゃいました(苦笑)

でもそれも全然勉強する余裕がないので、とりあえず今回は2~3教科受かればいいなぁなんて思っています。

 

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はい、言い訳はこの辺にしまして、今日はこの2~3ヶ月のうちに理解が進んだ特性あるあるを記録させて下さいね。

 

 

ちょうだい(要求)が言えない訳

結論から申しますと、

依頼やへりくだる事柄に対して心理的に圧迫感がある、との事です。

 

ある日息子と食事をしていたところ、

(息子)「コップがない。」

と言うのです。

 

以前から、息子はもう随分言葉が出るのに「お茶ちょうだい」と言えない違和感がありまして、ちょっと思いつきを試してみました。

(私)「うん、そうだね。でもさ、こんな時はもう少し別の言い方もあるよね?」

と。

 

すると

(息子)「お茶。」

と言うのですね。

(私)「お茶がどうしたの?」

と掘り下げてみると

(息子)「お茶が欲しい。お茶ちょうだい。」

と。

 

「お茶ちょうだい。」

が言えない訳ではないのですが、とても言いにくそうでした。

 

ですから

(私)「ねぇ、もしかして”欲しい”とか”ちょうだい”って言葉はマイナスイメージの言葉だと思っている?自分が欲しがる気持ちが悪いから言いにくい?」

と聞いてみたところ

(息子)「うん、なんかそんな感じ。」

 

 

言葉によっては、特性とまで言っていいのかわかりませんが、何故かマイナスイメージと捉えてしまう言葉がある様です。

 

もう一つ別の例を挙げてみますね。

 

 

 

「勝手に(≒適当に)」や「しなさい」と言わないで・・・

これは逆に息子が言われて傷つく言葉だそうですが、

 

「おやつは勝手に食べといて~。」

「宿題終わったら適当に遊んでいいよ~。」

 

勝手適当という言葉を使うと息子はひどく怒りだします。

「勝手は悪い言葉だよ!使わないでよ!」

と。

 

「勝手に〇〇しちゃ、ダメでしょ。」

という言い方をする事が多いからでしょうか、マイナスのイメージになってしまった様です。

一緒に辞書を見て、『お勝手(=台所のこと)』だとか『It's up to you.(あなた次第)』という意味合いもある事を確認しましたが、一度定着したイメージを覆すのは当面難しいかもしれませんね。

 

 

***********

同じ様に言われて嫌な言葉として

「〇〇しなさい」

と言われるのをとても嫌がります。

 

強い命令口調には強い反発を見せます。

なので

「〇〇してね」

とか

「次は〇〇だね(するね/しようね)」

と言い換えれば何の抵抗もなく行動出来たりします。

 

言い方一つで求めている行動が出来たりしますので、気付いて下さる周囲の方の機知がとても大切で本当に助かるなぁと改めて思います。

 

 

何かのご参考になればうれしいです。

 

次回は『忘れた』と言ってしまう特性について記録させて下さい。

子ども達が生きる事を躊躇わない世の中へ

母、一人旅

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結婚して以来なので10年ぶりかなぁ・・・一人で旅に出てみました。(といっても大学時代の友人たちに会いに。日帰り旅行でした。)

 

「ゆっくり話がしたい!」

との事で久々の女子会(いや、もうおばちゃんなので女子とは言わないかも(笑))で羽を伸ばすつもりで行ったんですよね。

 

しかし何故か神様はそれを許して下さいませんでした。

 

 

とてもショックだったのは・・・そこで出た話もやっぱり発達障がいで苦しむ子ども達の話ばかりだった事でした・・・。別に発達障がいの話をしに行った訳じゃないのに・・・何故か今は私が求めなくてもこうした話ばかり集まってきちゃうみたいです。。。

 

日本全国どこでも去年の我が家と同じような事が繰り広げられている現状を知り、今の息子がとても幸せな状況なんだなと改めて痛感した次第です。

 

 

***********

又、この日は大人になった兄妹の話も聞きました。

これは・・・なかなかその場では受け止めきれない程の重く苦しい話。

発達障がいの兄を持つ友人がどの様な辛い成育歴を背負って生きてきたのか・・・そんな苦しみを抱えていたとは知らず出会ってから20年経ってようやく私に教えてくれた事だったんですね。

 

兄から受け続けた継続的な身体的苦痛の為に彼女は生きつづける事をずっと迷い続けて生きてきたとの事でした。

・死んだ方が楽だけど、自分が死んだらご両親(お二人ともとても社会的なお立場のあるお仕事をされています)は良くない立場に陥ってしまうのではないか。

・手が掛かるお兄ちゃんに遠慮してずっと控えめに生きてきたけれど、心のどこかでお母さんに認められたくて、お母さんの役に立ちたくて生きてきたんだと。*1

 

ご両親はとても忙しいお仕事だったので彼女が暴力を受けていたなんで知らなかった様です。

 

 

子ども達にたくさんの見守る目を

もしこのブログを読んで下さる方がいらっしゃいましたら・・・家事やお仕事で毎日お忙しいかとは思いますが、もしよろしければ今一度周囲のお子さん達の顔や目を見てあげて欲しいんです。

 

もちろんそれはご自身のお子さんでも、知らないお子さんでも構いません。

一人のお子さんに向けられる温かい視線は多ければ多い程その子の心の糧になるんじゃないかなって思うんです。

 

確かに子どもにとっては親や家族から温かい愛情を受けられるのが一番嬉しい事でしょう。

どんなに他人が頑張ったって家族の愛情を上回る事は出来ません。

 

でも多くの人に愛され、認められていると感じる事は子ども達にとってとても大切な感情だと思います。

 

例え親兄弟が認めてくれなくても自分は生きていてもいいんだ、自分は誰かに認められる人間なんだって。

せめてこの部分が大きな心の支柱となれば”自分は生きるんだ”と揺るがないと思うんです。

 

そして願わくば認めてくれる大人が、子どもを利用する様な悪い人達ではなく、心根の美しい真の大人である事を願います。 

(悲しいかな、さみしい子ども達は弱い部分を利用されてしまう傾向にある事は既知の事実・・・といっても過言ではないでしょうから。)

*1:これは彼女の口からはっきりと伝えてもらえた訳ではありませんが、言葉の端々に母の愛を乞う感情が滲み出ていた様に私が感じたので書かせていただきました。誤解だったらごめんなさい。

とにかく名前を書く特訓(笑)

多弁対策→とにかく体を動かしてみよう(*^^*)

春休みですね、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 

我が家はですね・・・

新学期への不安感からか、毎日それはそれはもう・・・多弁がいつもにも増して悪化している息子と何とか向き合って過ごしております(笑)

 

親子ともども花粉症が酷いので2人で家で過ごす事もありますが、出来るだけ積極的に外に出て遊ぶ様にしています。

体を動かす遊びをすると多弁も少しはマシかな?

ってことで室内遊園地(って言うのかな?)をよく利用させていただいています。

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こんなにたくさんのボールに埋もれるなんて、私が子どもの頃には夢のような出来事でしたが、今は各地で手軽にこんな遊びが楽しめる様になってきましたネ。

家ではなかなかさせて体験させてあげられない様な感覚遊びをさせてもらえるので助かっています♪

 

 

授業対策→1日1時間は座ってみよう

あとは授業が始まっても困らない様に椅子に座り続ける課題ですね。

1日1時間程度の自主勉強を取り入れています。

座る筋肉も字を書く技能も息子にとっては不断の努力が必要なのかなって。

無理に書かせる気はないけれど、せっかく身についてきた技術を日々ほんの少し努力を続ける事で維持出来る可能性があるならば・・・。

 

という事で2年生の復習も兼ねて毎日自主勉強を続けています。

教材は山口県教育委員会さんが作って下さっている

「やまぐちっこ学習プリント」(https://shien.ysn21.jp/gakushi/index.php

の国語と算数を毎日少しづつ進めています。

 

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はい、日々こんな感じで十中八九名前を書き忘れます(^^;)

(あとはカタカナの濁点や句読点を付け忘れなんてのも日常茶飯事です・・・。)

 

この春休み中に「最初に名前を書くぞ!」って意識を向けさせられたらいいなぁ・・・なんて思うのですがなかなか難しそう(;^ω^)

 

 

 

 

新年度へ向けて ~乗り越えなくちゃいけない課題~

私の事情

前回書いてからあっと言う間に2週間以上(^^;)経ってしまいましたネ。

相変わらずの遅筆です。

 

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

 

少しゆったりと過ごした事と、↑上記リンクの記事を書く事で心の整理がついたのか、おかげ様でわりとすぐに私の精神状態も回復してきました。

ご心配下さった方、どうもありがとうございました。

 

じゃあ・・・という事でこちらのサブブログもメインの方もサクサクっと書いていきたいんですけれど、ちょっと予期せぬ多忙状態に陥っております(^^;)

 

大学の同窓会の幹事だとか

年度末の大量の提出書類の準備(>_<)(笑)

そして今年もやっぱりひどかった息子の花粉症。

 

 

それから10年後にこの記事を読む自分に記録しておきたいのですが、今年の一年については経験した出来事を何も記録せずに終わらせるつもりだったんですね。

でもせっかくだから良かった事や効果のあった対策くらいは手元に少し記録しておこうかなと。少しだけそんな作業をしています。

 

という事で、メインブログもこちらのブログもしばらくは更新が滞るかもしれません。

 

とりあえずは目の前のことを一生懸命やり遂げて今年度を無事終えたいと思います。4月にはまた楽しく更新出来る様に見守っていただけると幸いです。

 

 

息子の事情

最近の息子ですが、上記の通り花粉症がひどいです。

皮膚につくだけで腫れ上がるタイプなので・・・日々の登校や学校生活もままならない感じです。

 

それも投薬などにより少し落ち着いてきたのですが・・・

どうも本人、花粉以外にも辛い事がある様で、

腹に何か吐き出せない気持ちを抱えている様子がありました。

 

それが何なのか・・・

なかなか言えなくて苦しんでいるのを何となく察してはいたのですが、感情の掴み取りが相変わらず苦手でなかなか負の感情の吐き出しをうまく促してやれなくて歯がゆい日々でした。

 

それがようやく2週間くらい見守って、今朝になり言葉にできた感情は

「春が来るのが不安だ。(離れる先生の事や新しい担任の先生の事とか。)」

 

やっぱり言葉に出来ないモヤモヤした不安感でした。

はぁ・・・。

やっぱりそうかぁ、予感的中。

 

私も同じ気持ちだからかな、あまり責める気持ちにはなれなかったけど、

「今の担任の先生と離れなくちゃいけない不安感で学校に行けないのはちょっと変かも。好きなら少しでも長く一緒に居たいと思わないの?」

と思わず聞いてしまいました(笑)

 

何だか恋愛相談みたいだなぁ(^^;)

 

毎年春になる前にこうした感情にならなくちゃいけないなんて、こればっかりは損な特性と言えるかもしれません。

 

四月が来なければいいのに・・・。

心のデトックス期間(私の回顧録)

この1~2月は忙しかったという事もあるのですが、どうも私自身の心が沈んでしまってなかなかブログを更新出来ないでいました。

 

具体的に何か現実的な問題があった訳じゃないんですが、息子や周囲の方々と接するうちに私が幼い頃に受けてしまった心の傷を不意に思い出す事が多く、少し自分自身と向き合う時間を作っていました。

 

その中の一つを記録させて下さいね。

多分一番根が深い内容なので、記録してスッキリ自分の中から追い出してしまいたいと思います。

 

※ここからはかなり深刻な内容になるかもしれません。又、後ほど包丁の写真を載せようと思います。ですからこうした内容がお嫌いな方はどうぞ読み飛ばしていただく事をお願いします。

 

 

 

 

 

一緒に料理してみました

先日息子とお味噌汁を作る機会がありました。

そういえば2歳頃に一緒にスパゲッティをゆでた記憶が(笑)ありますが、一緒に料理なんてそれ以来かも?しれません(^▽^;)

(普段全然お手伝いさせていないのがバレバレですネ)

 

 

しかも今回はもうちょっと本格的です。

ちゃんと子ども用の包丁を準備して人参や大根のいちょう切り、皮むきにも挑戦♪

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息子の慎重な性格が功を奏し、怪我もやけどもする事なく、昆布とかつおでお出汁をとったお味噌汁は初めてのわりにとても上手に仕上がりました。

 

 

 

 

ネガティブな思考

そんな事をしていると、ふと私自身が母から料理を教わった過去を思い出しました。

 

母は手取り足取り教えてくれるタイプではなかったので、

「見よう見まねでやりなさい。」

と。包丁も見て覚え、味付けは殆ど自分の舌と勘で何とか覚えました。

といっても子どもがする事ですから、たまに包丁で怪我をする事もあれば火傷もそれなりに経験しました(笑)

 

そうして繰り返し作っていくうちにカレーライスや肉じゃが、筑前煮やほうれん草のおしたし*1等、オーソドックスな料理は一通り作れるようになり、以後、母の体調不良が続いていた事もあって小学生の高学年頃から家族の夕食や朝食づくりはしていました。

 

 

*********

しかし私が中学生になった頃、私も周囲の子と同様に思春期に突入し、母と衝突する様になったんですね。

 

衝突の原因は母が私の事を理解してくれない不満感でした。

 

一番不満を持っていたのは、そうですね・・・他のご家庭にくらべて躾に厳しく、料理や洗濯たたみだけでなく布団干しなんかも日々の日課として手伝いを課せられてしまった事でした。

 

確かに最初のうちは知らない事を知る楽しさや出来る様になる喜びもあって積極的に手伝っていた気持ちは覚えています。でも出来る様になるとだんだん面倒くさい気持ちも感じる様になったのは事実です。

 

でもそれだけではなかったのも確かです。

中学の勉強であったり、クラブや生徒会活動もしていたのでなかなか忙しく、人間関係のぎくしゃくなどでとても精神的にも肉体的にも疲れ切った毎日を過ごしていた私にとって、帰宅してからゆっくりする時間がなかった事が辛く、よく母と衝突していたんです。

 

「どうして私だけこんなに家事をしなくちゃいけないのよ!お母さん、一日中家にいるんだからお母さんがやってよ!」

と専業主婦だった母を毎日の様に責め立ててしまったのです。

 

でもその頃には既に母の脳には人知れず大きな病魔が住み着いていました。

痛みや辛さを私たちに上手く伝えられなかったり、理解されない苦しみの中で私しか頼れる人がいなかった・・・そんな所だと思います。

 

そういえば死ぬ少し前、こんな事を言っていました。

「もし私が死んでも大丈夫な様に、あなたが家事全般出来る様にさせておこうと思っていたのよ。」

今ならコンビニもスーパーもたくさんありますね。

実際、現在実家に残っている父と弟は殆ど料理が出来なくても何とか2人で生きている様です。

だけど当時はこんな世の中になるとは思っていなかったのでしょう。私に母親の代わりが務まる様に躾けたとの事でした。

 

 

*********

しかし当時はまだ病気も見つかっていなかったので、そうした思いを言う事が出来なかった様です。

親の心を知らずうるさく反抗する私に対し、母はイラっときたんでしょうね。

 

 

 

包丁を向けて指示に従わせる様になりました。

 

包丁を向けられては・・・従うしかありませんでした。

 

 

 

母にしてみたら
”頭がガンガン痛いのに言う事を素直に聞いてよ!”

って気持ちだけだったと思います。

最小のエネルギーで絶対に黙らせる奥の手でした。

 

 

 

*********

でもね・・・人間、包丁を向けられてしまったらもう抗えないんですよ。心が凍り付くと言いますか・・・信頼関係で成り立っていた関係が一気に崩れ落ちた瞬間でした。

 

それからも何度かそうした事があり、もう私は抵抗しなくなりました。

以降は母娘の信頼関係ではなく、主従関係に近い様な・・・従属だとか服従する様な気持ちを母に持つようになりました。

 

 

*********

その後、私は受験だろうが何だろうがほぼ毎日料理やその他の家事をし続けました。

(流石に大学受験の時だけは一年間料理をしなくても良いと言われた期間があったのですが、それでも出来る時はやる様にしていました。)

 

 

中学を卒業する頃には包丁を向けられる事はなくなりました。

それでも・・・一度深くえぐられてしまった心はちょっとやそっとの事では癒されなかったのです。

 

普段は何事もないかの様に過ごしていても、しかし過去に包丁を向けられた記憶は事ある毎に私自身を苦しめる様になりました。

 

何か表彰される様な事があったとしても・・・

良い成績に落ち着いてきたり学校の先生に褒められる様な事があったとしても・・・

友達から羨ましがられる様な特技を持っていたとしても・・・

それは全部ウソなんだろうと思う様になりました。

 

 

私なんかが褒められるはずがない。

私なんか生きていて良いはずがない。

私なんか望まれて生まれた訳じゃないんだろう。

 

だって母に包丁を向けられてしまうんだから。

 

 

だから今でもネガティブ思考なんです。

どんなに頑張ったって、最後にはダメな方向にいっちゃうんじゃないかなって心のどこかで思ってます。

 

『こんな私が育てているから・・・息子は発達障がいになっちゃったのかな・・・。』と常々思ってしまうんです。

本当は逆なんだろうとは頭では理解しているんです(=本当は私に発達の凸凹があり、母にはとても育てにくい子だったから包丁を向けてしまったのだろうし、私の遺伝子を受け継いでいるから息子も発達障がいが出てしまったのかな?と)。

 

けれど、心が納得出来ないんです。

 

だからいつも自分の好きな事とか自分が頑張った事を他人に素直に表現出来ないでいる様に思います。

 

こんな自分が嫌だから、ネガティブな自分をここに書き捨てようと思います。

今からは出来れば前向きに生きていきたいなぁ。

 

 

 

 

これ以上虐待が起きません様に・・・

昨今の子どもに関する悲しいニュースの多さにも心を痛める毎日ですが、繰り返される虐待が無くなる事を願ってこの記事を終わらせていただきます。

 

 

そしてもしこの記事を読んで下さった方はどうぞ周囲の方にお伝えいただきたいんです。

 

子どもには絶対に本物の包丁なんか向けてはいけないし、

目にはみえないかもしれないけれど言葉の刃だってきっと同じ事なはずなので、

どうかイラっとしたら場を離れたり少し大人のあなたご自分を甘やかしても良いので子どもに刃を向ける事だけはどうぞなさらないで欲しい、と。

 

もしイライラしている親御さんをみかけたら、親御さんの怒りに耳を傾けてあげて下さい。そうしていくうちに怒りを鎮めて冷静さを取り戻せるきっかけになれば、傷つく子どもが減るかもしれません。

 

子ども達が明るくポジティブに生きられる世の中である事を望みます。

 

 

 

包丁の後日談

母に包丁を向けられたお話をさせていただいたのですが、実はその包丁、今は私の手元にあります。実家から独立する時に母から譲り受けたんですね。

 

母はいつも必ず同じ包丁を私に向けていました。

もちろん私も毎日台所に立っていたのでその包丁がどんな包丁か良くわかっていましたが、嫌な気持ちになる包丁だから料理の際は殆ど使っていませんでした。

 

でも譲り受けて良くわかった事がありました。

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一番上の緑の柄が息子の包丁、真ん中が私が普段使っているもの、一番下の茶色い柄のものが母から譲り受けたものです。

写真の一番下の包丁がそうなのですが、写っていないのでわかりにくくて申し訳ないのですが先端は丸まっていて、刃は殆ど切れない状態だったのです。

 

最初から私に突き刺すつもりは毛頭なかった、という事なのでしょうね。

 

 

でもね、当時のインパクトは強烈だったよ、お母さん。

私はとても傷ついたし、今でもまだ引きずっています。

だけど当時あなたの気持ちや立場になって考えてあげられなかった事は謝ります。

 

こんな話をあなたが生きている間にしておけばよかったね。

 

 

 

 

※今日は最後までネガティブな内容でどうもすみませんでした。ご気分を害された方がいらっしゃいましたら大変申し訳ございませんでした。

*1:訛りが出てしまいました(笑)おひたしの事です。