ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

美容院にて(私の回顧録)

※今回は息子とは全く関係ない話です。先日偶然にも癇癪や他害のあるお子さんの話を耳にする事がありましたのでふと以前書いたこの記事を思い出しました。癇癪を起こす子どもの気持ちに気付いていただけるきっかけになればと思い、こちらに改めてUPさせて頂きます。

 

 

私の大癇癪

今日は私の幼少期の記憶を。母親の美容院で大癇癪を起こした記憶を記録させて下さい。

 


それは私がちょうど3歳頃の事だったと思います。

当時幼稚園は2年保育が主流で、私はまだ日中家にいた頃でした。
弟はまだ小さく、1歳になるかどうかの頃だったと思います。

 

「暑いから髪の毛を切りたい。ついてきてね?」
と母が言うので一緒に美容院に行きました。

そこで事件が発生してしまうのです。

 

 

うまく言えない!
母は席に着くとまだ乳児の弟を別の店員さんに預けました。
弟は泣く事なくあやされていました。

 

私は母の様子を別の席で眺めていました。

髪を切る、といっても揃える程度と勝手に思い込んでいたのですが、準備が整った瞬間美容師さんは母の髪をザックリと切り落としていったのです。夏に向けて長めのボブをショートカットにするつもりだった様でした。

私の(勝手な)予想に反して短くされる母親の髪を見て私はパニックを起こしました・・・。

『お母さんの髪はサラサラで綺麗なのに、そんなに切らないで!!!!』

と言いたかったのに、すぐにやめてもらいたい気持ちが空回りして即座に言葉に出来ません。その後も大声で泣いて懇願するので、更に言葉が出なくて、ただひたすら美容師さんの手を妨害してハサミを持つ手を「危ない!」と制する声も聞かずに体当たりして止めようとしていました。

 

「切らないで!ダメ!ダメ・・・」

理由を言いたくても”早口で言わなくちゃ!”と思うとうまく言えなくて・・・本当に辛くて大泣きして地面に座り込んでいました。

私が疲れきった隙にササッと仕上げを済ませ、母に手をひっぱられながら帰りました。

帰り道、
「母さん恥ずかしいよ。何であんな事したの!あぶないじゃない。暑くて切りたかったのに。あなたの髪の毛じゃないでしょ!」と散々叱られました。。。


反論する気力もない程の泣き疲れと脱力感でただ叱られる一方でしたが、

『たとえ母さんの髪でも、ゆっくり私の気持ちも聞いて欲しかった・・・。』としょぼんと思っていました。

そしてそんな気持ちは最後まで口に出来ずに終わりました。

 

 

言葉に出来ない…息子も多分同じ
生きていれば今頃母はサラサラの白髪になっていたのでしょうか(笑)

今となれば笑い話ですが、本当に当時の母親の髪はストレートでサラサラで・・・

 

私は母の髪を触るのがとても好きで、自慢の髪でした。
(本人はサバサバした性格で、あまり髪にこだわりがなかった様ですが(笑))

母の髪は私の幼少期の母への愛着の1点だったと思います。


私は言葉自体は遅れのないタイプだったと思います。
(どちらかと言うと、女の子に良くありがちな、達者な方だったと思います。)

 

しかしこの様に予想を反する事や咄嗟の事象にはうまく対応出来ない所がありました。感情の方が先立ってしまい、その感情をうまく表現するための言葉がいつも以上に思い浮かばない、そんな感覚です。

 

ですから息子も・・・同じ様に言葉でうまく言えないもどかしさを抱えているなぁと感じる時に、このエピソードを思い出し、イライラせずに息子の言葉を引き出す様にしようと思うようにしています。

 

 

2度目の保育士試験を受けてきました。

試験終了

退っ引きならない事態はとりあえず終了しました(^^;)

完全に私事なのですが、先日ようやく保育士試験が終わりましてひと息ついたところです。実技試験を初めて受験してみたのですが・・・感触としては1科目は確実に落ちたと思われます(笑)緊張しすぎてボロボロでした~(^^;)

また秋の試験で頑張りたいとおもいます。

 

 

保育士を目指す理由

色々理由はありますが、

『声なき声を拾って、伝えなくちゃいけない人に伝えたい』

そんな思いから保育士を目指す事にした経緯があります。

 

まだ赤ちゃんや2~3歳の子にとって、自分の内面を全て表現しきる事なんて誰でも難しいと思うんです。それが発達に困りを抱えている子となると、

「お腹が減った。」

だとか

「眠い。」

なんて誰でも言えそうな一番原始的な欲求でさえ本人は掴み取れない事がありますよね。しかも更に事態を悪化させる様なパニックを起こしたり、母子間の愛着形成を阻害する様な感覚過敏/鈍麻を併せ持ってしまう事もしばしばあります。

 

そうなると周囲の大人たちからの『困った子』として見られてしまい、家族全員が更なる負のスパイラルに巻き込まれてゆく事も・・・往々にしてあると思うんです。

 

そんなお子さんと周囲の大人たちの間に入ってお互いの気持ちを代弁出来たらいいなぁ、誤解を解いてあげれたらいいなぁ、なんて思いを持ち始めたのが子どもが幼稚園の年中の終わりごろでしたでしょうか。

 

その思いは今も変わらず、もし私と息子とのこれまで経験が誰かの為に役立つなら・・・私を求めてくれるお子さんやお母さんがいるならお手伝いさせていただきたいと思っています。

 

 

障がいの有無は関係ないかも

確かに最初は発達障がいに特化した保育士になれたらいいかな、と思っていたんです。でも、子どもが少しづつ大きくなるにつれ、果たしてそれが本当の望みなのか・・・?と疑問に思う様になりました。

 

子どもがどんどん成長してくると、周囲のお子さんを見る機会も増えていったんですね。そうすると障がいの有無なんて関係なく、どの子も困りや課題を抱えていたり、大人とのコミュニケーションを求めていたりする事に気付きました。

 

むしろとても困難な障がいを抱えていても両親から大きな愛情を注がれているお子さんは、あまり手が掛からないが故に親御さんとのスキンシップが少ないお子さんよりも幸せそうに感じる事も多々。

 

そうなってくると、障がいの有無を基準にすべきじゃない気がしてきて・・・私が保育士を目指したい理由がぼやけてしまった頃がありました。

 

そんな時に私に気付かせてくれたのは今の息子の担任の先生でした。

 

 

鮮やかな公開授業

詳細はお話し出来ませんが、最初に拝見した授業参観の内容があまりにも鮮やかで、授業そのものがキラキラと輝いている様に感じられました。

どのお子さんも率先して自分の意見を述べようと挙手する姿であったり、お話しをしている先生の方を常に見ようとする姿勢など、子ども達の生き生きとした姿に素直に感動しました。

 

そして一番感銘を受けたのは、全体としてまとめ上げながらも個々へのきめ細かいフォローもなさっていた事でした。

こうした先生の生徒への向き合い方から感じられた事として、

”出来ない事を出来ないと指摘するのではなく、まずは出来る事を認めていく”

という姿勢でした。

 

現状の子ども達一人一人のありのままの姿を一旦受け入れて、それを一つにまとめ上げるのはなかなか力量がないと出来ないと思います。そうじゃない場合、自分の出来上がったスタイルや型にはめて子ども達をその中だけで動かそうとしなくちゃならなくなりますよね。

息子の担任の先生はそうではない先生だったのです。だから出来る事や出来ない事が不ぞろいでも大丈夫な様に、いつもいつもオーダーメイドな授業や学級運営をされているんだろうなぁと思います。

 

そんな授業の様子を見せていただくと、すぐに

”私も保育士としてこうありたい!”

と思えたのです。

こうして1年程先延ばしにして逃げてきた保育士試験をようやく今回受験する気持ちになれたのでした。

 

 

いつか、自分が初心を忘れそうになった時にこうした気持ちを振り返りたいのでこの記事を残させていただきます。

っとその前に秋の再試験に向けて今からまた頑張って練習しなくちゃ(笑)

いくつかの再挑戦(書字の訓練編)

 

前回(いくつかの再挑戦(原始反射残存の見極め編))書字などに不都合が起こり得る原始反射が残っているかも?というお話をさせていただきました。

 

ただ実際に原始反射を消していく作業やその効果は少し時間をかけながら行っていく事になりそうですので、じゃあその間に書字に関しては私にしか出来ないアプローチをしてみようと思い立ったので、今回はその内容を記録させて下さいね。

 

 

幼稚園年中の暑中見舞い

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過去のブログを読み返していたら当時4歳だった息子の字が出てきました。

精一杯心を込めてたっぷり時間を使いながら書いた暑中見舞いのハガキで、その頃通っていた幼稚園の先生に宛てた手紙です。

 

確かにこの頃を思えば・・・今の息子の字は随分と成長したなぁとは思うんです。全く書けないわけじゃないですから。ただ書きたくない気持ちが強すぎて字を書く場面ではかなりの抵抗をみせてしまいます。

 

だから・・・覚悟を決めました、私。

ちょっと心を鬼にしてでももう一段階引き上げて、字を書く事に自信を持てる様にしてやりたくなりました。

 

ただしそれは一か八かではなく、字を書かせる事には少しだけ自信があったからなのでした。

 

 

母の影響

私の母は以前(きっと来るいつかの為に。)書かせていただいた通り看護師をしていたのですが、私たち姉弟を育てる様になってからは看護師に戻る事はありませんでした。子どもが学校などから帰ってきたら「おかえり。」と迎えたかったから、だそうです。

 

そんな母にある転機が訪れました。

彼女は好きだった書道を私たち姉弟が習い始めたのと同時期に習い始めたのでした。そして驚く程のスピードで技術を習得し、気付けばいつしか書道家になっておりました(^▽^;)

大きな作品展への出品などの傍らお寺の石碑用の書の依頼であったりお酒のラベルの依頼を受けたり・・・様々な字に関するお仕事に携わらせていただいていた様です。

ただ自分が書く事よりも誰かにその技術を伝えたい気持ちも強かったらしく、私たちの子育てがある程度落ち着いた頃には書道教室を開いて大勢の子ども達に書道を教える様になっていました。

 

 

眼を鍛える日々

そんな母に付き合わされ(?)私はいつも子ども達が教室で書いた字を評価する役をさせられていました。

「この子の字、先週の字とさっき書いた字、どっちがいいと思う?」

受験勉強の合間に息抜きの気分で評価作業に付き合ううちに、

「随分今日はせっかちな字を書いてる気がするけど何かあったのかな?先週の方がいいと思うよ。」

とか

「全体的にはまだまだ書き込まなくちゃいけないんだけど、この右はらいに魅了されてしまう。どうしようもなく惹きつけられる良い線ね、味があるね。」

なんて好き勝手に批評していました(笑)

 

だけど毎日の様に見ていると面白いものです。

その子の今の力量では到底出せないと思われる線を見よう見まねで一生懸命工夫した事が伝わってきたり、コツを体得した事がわかる様になってきたり、多分手を抜いたな~というのがバレバレな字がわかる様になってしまうのです(^^;)

  

こうしてあの頃たくさんの子達の字を見てきたからこそ、今の息子の字も諦める程でないと感じていましたし、この子もたまにキラリと光る良い線を書く事があるのでその点をもっと伸ばしてやりたいなぁと率直に思う様になりました。

 

 

 4月から6月までの2か月間

まずは学校に慣れる事から、という事で宿題にはほとんど口を挟まずただただ様子を眺めるだけにしておきました。

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↑は宿題が始まった頃の字です。

明らかに小1のピーク時から比べると・・・随分運筆する力が衰えてしまった様子がうかがえました。漢字の”雪”に関しては初めて書く字という事もあって非常に筆圧も弱く特に横線が不安定ですね。唯一赤丸をつけた”ら”の最後の払いの力の抜いていく様子にキラリと光るものがある様に思います。少しづつ力を抜いていくのって案外難しいかなと思うんですね。

 

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↑本格的に取り組み始めたのが5月の後半から。

まずは1年生の時に綺麗な形をとる事が出来ていたひらがなの”か”や”を”、本人の得意な”ん”や”む”などを取り戻す様にし、その後他のひらがなも順次対応しているところです。

4月の時点では”し”の縦線などは筆圧が安定する三角えんぴつに変えてみると特に何もしなくても安定し始めました。筆圧の問題が大きいという事が一つわかりました。

”ら”などはマス目があれば縦長に書く事が出来、形や払い部分に余裕が出来てきました。目安がある方が書きやすい事がうかがえます。

 

漢字の”会”ですが、実はこれが一番彼の書字が進歩した証拠だと思っています。最初のやねの部分(人)が十分左右に広げられているからです。最初の一画目でイ(人偏)の様な狭い角度ではなくある程度思い切って広げる事が中々出来なくて苦労してきました。ここが十分広がると次の二画目も自然と外側に開いてくる様です。

息子は書字の際には右手を使います。ですから最後の払いは自分の右手で徐々に見えにくくなってきますよね。そこを最後までよく見たり、見えない部分を想像で補いながら鉛筆を進めていく感覚が少しづつ身についてきた様に思います。

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だから↑の様に"人"や例えば"春"なんかも開くはらいが出来る様になってきてちょっとホッとしています(*^^*)

 

最初は漢字の宿題に1時間程かかる事もしばしばでしたが、最近は簡単な漢字の場合だと10~15分で済む様になってきましたし、私が横についていなくても自分だけで出来るのが何よりの進歩だと思っています。

 

 

 

<追記>

というかですね、この作戦は大らかな目で見守ってくれる別の誰かの存在が必要な事を書き漏れておりました(^^;)周囲に恐れる存在の人だらけだといくら字が上達しても心の均衡が保てなくなってしまっては元も子もありませんよね?

 

今のウチの場合は担任の先生が心の拠り所になって下さっている様なので、家庭で少し強めのトレーニングに出てみたという訳なのでした。

 

無理矢理推し進めて本人の負荷が酷くなるくらいなら・・・やらない方がいいカモ?しれませんネ。

大切な事 ~負の感情を発露させる作業~

今日は久々に泣き疲れて寝てしまった息子くん。

今日あった一連の出来事を思うとちょっとした記念日の様な気分です。折角だから今日あった事を記録しておきたいと思います。

 

 

押し殺した感情

最近の息子の様子といえば学校の授業や先生・お友達の事にはそれなりに満足している様に見えていました。実際学校から帰ると学校で教わった事やその日あった出来事を楽しそうにいくつか話してくれる事もあり、詳細はわからないまでも『先生方がうまく支えて下さっているんだろうなぁ、良かった』と安堵していたのでした。

ところがここ1週間程・・・どうも朝の準備が進まないのです。

朝ごはんに30分程かかる事もあり、それ以降の準備もどれだけ促しても動きが鈍い・・・

 

何かあるな・・・とは思っていました。

 

登校班で何かあったのかな?とか、雨の日は苦手なのかな?と推測するものの、本人からの聞き取りやお友達にそれとなく様子を聞いてもあまり原因らしきものがわかりませんでした。

 

というか、学校の事は勉強が難しくなってきていたり音楽が苦手だったりという事は多少あるとしてもそれなりに満足している様子しか伝わってきません。

 

そんな折、とうとう今朝は朝食に1時間以上かかってしまい、マズイな・・・と感じました。これはもっともっと根深い何かを無理矢理にでも吐き出させる必要があると直感ですが思い至りました。

 

 

帰宅後に詰め寄ってみた結果・・・

学校から戻っていつもの様に今日の様子を聞きましたが、やっぱりこれといった原因はみつかりませんでした。

そこで

「今ね、心に抱えている嫌な事を全部言ってごらん。学校の事だけじゃなくてお母さんの悪口でもいいし、何でも構わない。絶対に怒らないから一つ一つ言ってみてよ。」

と伝えてみると

「言ってもいいの?」

と何度も何度も念を押してきました。

 

そしてぽつりぽつりといくつか心にかかる事を伝えてきました。

例えば

・逆上がりが出来なくてくやしい

・みんなは鍵盤ハーモニカが上手なんだけどボクは全然出来ない

・給食が食べられなくて辛い

うんうん、どれも心当たりのある事ばかりでした。一つ一つクリアしていけるように支えてやりたい事ばかりです。

 

でも多分そうじゃない、ここに挙げたもの以外にまだある。だってこれらはもうずっと前からわかっている事。心に占める割合としてはそこまで大きいものではなく、ここ最近の様子に繋がる事ではないだろう・・・。

そう確信した私は

「まだ言えていない事があるでしょ?」

と問い詰めました。すると

「うん。これが一番大きな事。本当に言っていいの?」

と最後の念押し。ここまででざっと1時間以上かかりました。

 

じっと息子の言葉を待っていると

「そろそろ学校で水泳が始まるよね。ボクね、4年近くスイミングに通っているのにまだクロール出来ないんだよ。みんなはボクより遅く始めているのにすぐにボクを追い抜いて進級していくんだよ!」

そう言いながら大号泣。

 

息子がスイミングスクールに通いだしたのは幼稚園年少の頃からで3年半以上になりますがお世辞にも上手とは言えないかもしれません。それに確かに運動が得意なお子さんなどは後から入ってもどんどん進級して追い抜いていきます。

今のスイミングスクールはかなり上手なお子さんばかり集まるスクールなので取り残される印象が強まってしまったのかもしれません。

 

「そっか。水泳が本当に好きなんだね。バタフライとかカッコいいから泳いでみたかったんだね。それなら別のスクールに行ってみない?もう少し少人数で進めてくれる所を探してみようよ。」

と伝えました。

息子は一度始めた事を修正しにくい特性があり、それがこの変更を拒んでいる様でした。

「一度辞めても別の所でもう少し上手になったらまたこのスクールに戻らせてもらえばいいんじゃないかな?歯医者さんだって最初の病院より今の病院の方がずっとずっと楽でしょ?変える事は悪い事ではないのよ。」

とダメ元で伝え、周辺に他にも4校程スイミングスクールがある事を伝えました。

 

大泣きしてうまく言葉が出来ない様子でしたが、じっと聞いている様子がうかがえました。

だから最後に

「目標を立てようよ。この9月までにクロールらしき形にまで泳げる様に努力してみて、来年の学校の水泳学習では平泳ぎとか背泳まで出来る様に頑張ってみるってどう?」

と提案してみると

「頑張りたい。ボクだって泳げるようになりたいんだよ!」

と言っていました。

 

 

しばらく大泣きしてスッキリした頃、

「ねぇ、どうして今までそんな気持ちを言ってくれなかったの?」

と聞いてみると

「だってお母さん、すぐに水泳は辞めて違う事やってみたら?って言うからさ。水泳は辞めたくないけど別のスクールがあるって知らなかったし言えなかったんだよ。」

と。

 

・・・原因は私でしたか(>_<)

知らない間に追い詰めていたみたいでごめんね。これ以上習い事を増やすには体力の心配もあったし、4年近く習っているのに・・・という思いは私にもあったから別の習い事をやってみたいと言われる度にスイミングと天秤にかけてしまっていました。

しかしその態度では確かに子どもの真意も聞き取れていなかったし、別のスクールがあるという情報も与えてやれていなかった事に気付きました。

 

明日から周辺のスクールを見学してみようと約束し、収束に向かいました。

 

 

周りが見えてきた証拠

最近はこの様に周りのお友達の様子が見えてきて、自分の立ち位置が何となくわかる様になってきたからこそこうした悩みに突き当たり始めたのでしょうね。

 

逆に”ピンチはチャンス”ではないですが、周りが見えてきたからこそ自分の振舞いにも気付ける良い状態にはなってきているなとは思っていました。

だから今は”我慢すべき時を自分で考えて自分で気付ける様になっていこう”というテーマの強化月間かなぁと色々模索している所でした。

 

例えば”みんなと過ごす時は勝手に立ち歩きをしていいかどうか考えてみよう”、とか、”宿題は大変だけど先延ばしにして逃げたって結局はやらなくちゃいけないし、それなら逃げないで少し我慢してみたら後が楽だよね”といった事について本人が納得できるポイントを模索しながら対応している所でした。

 

でも今回の様に我慢しすぎて毎日が辛くなる位なら誰かに聞いてもらって解決の道を探す事も大切な事なんだと理解して欲しかったのです。

 

 

私も同じタイプだから息子の気持ちが良くわかる。

ネガティブな感情の吐き出し方がわからなくて腹痛を起こしては学校を早退してました・・・。 だから同じ年頃の当時、そういえば母に同じ様に気持ちの聞き取りをしてもらった事を思い出しました。

 

負の感情を吐き出した息子はスッキリした顔立ちに戻っていました。

明日からは朝から元気に過ごせると良いなと思います。

 

 

いくつかの再挑戦(原始反射残存の見極め編)

~文字がマスに収まりにくい~

ある日子どもの漢字の宿題の様子を見ていますと、アレ?と思う事がありました。マス目をあまり意識出来ていない様な書き方をするんですね。(要するにはみ出しまくりって事です(^^;))

「もうちょっとマス目に収まる様に書いてみたら?」

とは促したのですがどうも書きにくそうです。

 

そんな様子を見ているうちに、そういえばずっと試したいけどなかなか出来なかった事を思い出しました。

 

発達関連を気にされている方なら一度はお聞きになられた事もあるかもしれませんが

”原始反射の残存”

を確かめてみたいとこの時思ったのです。

 

原始反射とは赤ちゃんがどうやら母体にいる頃から備わり始める反射機能だそうで、産後しばらくの間生きる為に必要な反応を反射機能として準備したもの、というのが私の中の認識なんですが、詳しくはWikipediaのこちらのリンク(『原始反射 - Wikipedia』)などをご覧いただけると幸いです。

 

こうした原始反射は前頭葉などの脳の発達に伴って少しづつこうした反射反応がなくなっていくそうです。脳の発達によって別の機能を獲得する事によりこうした反応が抑制される、という事だそうです。

 

~見極めにはそれなりに言語指示が必要かも~

で、ですね・・・

難しい事ばかりではわかりにくいと思うので、結論を。

ウチの息子のマス目に文字が収まらないのは原始反射の中でも”モロ反射”が残っているのでは?と考えました。

モロ反射は赤ちゃんが大声に驚いたり高いところから落とされそうになった時に両手を広げて上げてしまうポーズをとる反射です。ちょっとアリクイの威嚇ポーズに似てるアレです(笑)

 

そこで確かめた結果・・・やっぱりまだ薄っすらと残ってそうだ、という印象です。

 

どうしてモロ反射が残っていると書字を制御する力が弱いのか・・・?と疑問に思ったりする訳ですが、それと同時にひょっとすると他の原始反射の残存も感覚の凸凹さや生き辛さに繋がっていたりしないかな?と考えた訳なんです。

 

そうした経緯で他にもたくさんある原始反射について確認と改善を進めています、という主旨の内容を詳しく書き残したかったのです。

 

・・・が、ちょっと私自身が只今のっぴきならない事情であまりブログに時間を割けない状態でして(^^;)そちらがひと段落したら対応内容についても記録していきたいと思います。

 

という事で今回は原始反射の残存を意識し始めた経緯と”モロ反射”が残っていそうな事に気付いたよ、というお話でございました。

 

 

いくつかの再挑戦(専門の歯科探し編)

奥歯にぽっかりと穴が・・・

いくつかの再挑戦シリーズの続きを書かせて下さいね。 

(2)発達障がいの子どもを受け入れてくれる歯科探し

という事ですが、約1年前の事・・・ 

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

↑でお話しさせていただいた通り、当時定期的に通っていた歯科で軽い虫歯の治療を受けた事を書かせていただきました。

 

その時は暴れながらも無理矢理治療し終えたという感じだったのですが・・・やっぱり無理矢理はダメですネ(T_T)予後が悪すぎました・・・

「ボクは痛いって言っているのに”痛くないでしょ!”ってウソつく先生は嫌い。もう行かない。」

 

その後不登校に陥ってしまった為に更に家から出たがらなかった事もあり・・・仕方なく念入りに歯磨きをして様子を見ていたのでした。

 

子どもが不登校の間、私は家事と教育で日中は息子にかかりっきりだったので朝晩の身支度は夫に任せっきりだった事もあったのですが、ある日久々に息子の歯磨きの仕上げをしようと寝かせてみると・・・奥歯にぽっかりと穴が(;´Д`)ウソォ・・・

 

「ねぇ、奥歯痛くないの?」

と息子に聞くと

「春くらいから痛いなぁと思っていた。」

と。意外と見えない箇所は鈍麻なのかもしれません(T_T)

 

 

そこで今度こそは発達障がいに理解があり、積極的に受け入れをして下さる歯科医を探す事に。数年前とは違ってネットで検索すると案外複数ヒットするので驚きました。時代は変わりつつあるんですネ。

 

その中でも自宅から近く、HPの情報も適切そうな病院に連絡したところ快く受け入れて下さいましたので早速息子を連れて行きました。

 

 

良いな、と思った点は沢山ありますが

・息子への説明時間をしっかりととって下さる点。

・ゆっくり時間をかけて器具などの説明や体験をして下さる点。

・日常生活や食生活を一緒に見直して下さって、より虫歯を繰り返さない対策を考えて下さる点。

 

特に最後の食生活については私自身先生とお話しする中で虫歯に直結しそうな思い当たる節がいくつか思い浮かび*1、早速改善に向けて動く事が出来た点がとてもありがたいと思っています。

 

結局奥歯だけでなく全部で8本も虫歯がありまして・・・只今治療中です(^^;)

でも今のところ順調です('◇')ゞ

残すところあの一番大きな奥歯の穴・・・これはちょっと大変そうなのでがんばってあと少し通いたいと思います。

*1:

(1)1回の食事に時間がかかりすぎて、歯が長時間食品に触れている状態になってしまっている。

(2)虫歯になりやすい様な甘い食品を摂取する習慣があるかどうか?の確認で朝食にフェニルアラニンを採らせたくてピーナッツバターサンドしたパンを毎日出していた事に気付けました。

7歳。相手の顔色がわかっちゃうんだね。

 

いくつかの再挑戦という前回記事の続きを書きたいところですが、ごく最近息子に少し驚かされた事を記録しておきたいと思います。

 

いつもお読み下さっている方はご存知かと思いますが7歳の息子には発達障がいがありまして、自閉度も中程度・・・という事なんですね。『100人いれば100通り』と言われる自閉っ子達ですが、この子の一番の特徴を語るなら、息子にとって一番大きな困難さはきっと感覚の凸凹さなのだろうなぁと思っています。

だからもしそうした感覚器官から受け取る情報を正しく処理できるようになれば自閉的な辛さは大幅に緩和されるんじゃないかなぁ・・・なんて淡い期待を持ちつつ様々なアプローチを重ねている日々です。

 

ですから今回のタイトルにある様な”顔色をみる”事も、そうしたアプローチが功を奏せばいつかわかる子になるんじゃないかな?なんて思っていました。対面した全員は無理でも・・・ごくごく親しい人の顔色くらいわかればと対人スキルとしては申し分ないと私なんかは思うんですよね。

 

 

それで、えーーっと、、、話は変わりますが我が家はただいま夫婦仲がボロボロでして(笑)家庭内がなかなか冷たい感じです。夫の帰りが遅いのであまり夫婦で話している所を子どもが見る事はなく、そういった意味では私自身は油断していました。

子どもの前では一応いつも通りに笑顔で振舞っているつもりなのですが、見ていない所ではかなり負のオーラをまき散らしていたのかも・・・?と今更気付きました。

 

というのもお風呂上りに息子と談笑していた時の事。

息子が突然

「お母さん、最近笑えてないけど大丈夫?」

と聞いてきたんですよね。

 

Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ!

ずっと見てたの?って感じです。

夫とうまくいっていないとはまだ気付いていない様子ですが、それも時間の問題かも。気をつけなくちゃいけませんね。子どもって・・・すごい。

 

 

↓メインブログで書きましたが、3歳頃にまずは”喜怒哀楽”という表情について教えてみた事がありました。

let-me-pick-you-up.hatenablog.com

あれからもう4年経つんですね。

息子はごくごく親しい間柄であれば普段と違う表情なども察知できる様になっていた様です。

 

 

夫婦の事は詳細までは書けませんしこれからどうなるかもわかりませんが・・・まぁ、私が子どもを優先させすぎたのかもしれませんし、夫も家族としての在り方と仕事との両立に悩んでいたのかもしれませんし。

 

どちらにせよ表情がわかるようになった以上は尚一層子どもに対しての心配りが必要だなぁと思いました。それは子どもを優先させる意味じゃなくて、大人として子どもに余計な心配をさせてはいけないという配慮からです。