ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

ストレスと多弁

以前↓こちらで多弁について少し記録した事がありましたが、

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

 

今回はその追記です。

 

 

 

 

 

ストレスと多弁

息子が登校を渋り始めたのは9月に入ってからなのですが、その兆候は振り返れば実は6月くらいから出始めておりました。

 

「今日は休みたい」

なんて日があり、少し疲れた様子でした。

 

とりあえず休ませて詳しく話を聞くと

「学校の勉強がわからないんだ。」

と。

 

 

慌てて教科書を一緒に振り返ってみたのですが・・・

どこでつまづいているのかわかりませんでした。

 

教科書の内容は一通り理解している様子だったので、

「今日はとりあえずゆっくり過ごしてみよう。」とそのまま休ませて様子を見たんです。

 

 

ところが・・・

しばらくすると

”友達がしんどい”

とか

”授業がわかっている事ばかりでつまらない”

なんて事を口にする様になりました。

 

今から思えばこれが息子なりのSOSだったのでしょう。

 

学校には行っていたものの、大きな不安の中で過ごす毎日に精神的にギリギリの所まで追い詰めてしまっていたのかもしれません。

 

 

 

その間・・・

息子は家ではゲームかYoutubeの同じ話ばかりを繰り返す様になりました。

 

 

きっと周囲の世界が自分にはわからない言葉で構成されている様に感じる中、

大きな不安感の中で、少しでも自分がわかる話に持っていきたかった心理が働いていたんじゃないかなと思います。

 

当時は息子からの会話はまさに一方通行。。。外からの入力を一切受け付けない様な感覚がありました。

 

 

 

 

学校を休ませる様になってから、少し違う話が出来る様になってきました。

 

 

※なので当時は眠気の多弁と一方通行の多弁で聞く側の私の脳がオーバーフロー寸前といった感じでした(^^;

 

牛の涙 ~『いのちをいただく』を読む~

10月16日は世界食糧デー

ここのところちょっと暗い話ばかりして申し訳ございませんが、昨日は世界食糧デーという事ですのでせっかくですからこちらに即した話題を少し記録させて下さい。

 

少し学校へ行く事を控えていた時に息子と一緒に原罪について考えてみました。

 

というのもウチの子だけかもしれませんが、何かを食べる事(特に肉)に以前から罪悪感を感じている様子があり1冊の本を図書館から借りてきました。

 

正直・・・この本を読んでみせる事はとても悩みに悩んだのですが・・・たぶん息子なら乗り越えられるんじゃないかなと思いまして。

 

それはこちらの

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『いのちをいただく』(内田美智子 氏:文、諸江和美 氏:絵、佐藤剛史 氏:監修、西日本新聞社:出版)

こちらは坂本義喜さんの原案をもとに児童向けに書かれたお話です。

 

 

~九州にある食肉加工センターでのお仕事の内容や、そこに連れてこられた”みいちゃん”という牛を解く・・・~

牛が死を覚悟した時に流した涙を通じて、食について深く考えさせられるお話です。

(詳しくはお話しする事を差し控えさせていただこうと思います。興味のある方は・・・少し覚悟を決めて読んでみて下さいネ。)

 

私自身がこのお話を知ったのは息子を妊娠中、今から6年前の事でした。

 

たまたまネットで『牛の涙』という題名の文章を見つけ何の覚悟もないままうっかり読んでしまい、1週間程度お肉を食べられなくなってしまった事がありました。

 

でも

”みいちゃんや坂本さんが教えてくれた事はそんな単純な事じゃないんだ・・・きっとどんな食べ物だって同じはず。

それなら自分が今生きている事や過去・未来に感謝して生きてみよう。”

と気付く事ができ、何とか立ち直った経緯のある本でした。

 

 

 

みいちゃん、ごめんね

ある日の午後、息子が学校から帰宅した後でホッとしながらおやつを食べていた時に、

「ねぇ、ちょっと食べ物を食べる事について少し一緒に考えてみない?あなたは何かを食べるのは悪い事だと思っているでしょ?ちょっと一緒に読んで欲しい本があるんだ。」

と息子に切り出し、『いのちをいただく』のほんわかとしたイラストの表紙を見せてみました。

 

すると

「いいよ、読んでみて?」とすぐに返事が。

 

 

読み進めていくと途中までは穏やかに読み進められたのですが、途中から私が号泣してしまってうまく読めませんでした。

 

でも息子はページを開いて見せるだけでだいたいの文字を読んでしまう特性があり、読み聞かせなくても意味を理解している様でした。。。

 

読み終えると

「みいちゃん・・・ごめんね。。。ごめんね。。。」とつぶやいていました。*1

 

そして

「ボク、もうお肉食べない!」

と高らかに宣言したのですが、

「それはみいちゃんが教えてくれた事とは少し違うかもしれないよ?」と、この絵本をきっかけに食に対しての色々な思いをお互いに語り合いました。

 

 

 

みいちゃんの王国を

このお話しがとても胸に響いた様で、ある日の午後、息子が

「マインクラフトでみいちゃんの王国を作ってあげたい。」と言い出しました。

 

マインクラフトとはざっくりと言えばブロックの様な立方体を組み合わせて作られた世界を冒険するゲームなのですが、色々な遊び方が出来る為、海外では教育の現場でも取り入れられている様なゲームです。

 

通称”マイクラ”と呼ばれるこのゲームではブロック遊びの2次元版の様な遊び方が出来るモードがあり、息子はそこにみいちゃんの楽園を作ってあげたいと思った様です。

 

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↑綺麗な牛舎を作り、その中に

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みいちゃんと名付けた牛さん達(何故か牛さん全員にみいちゃんと名付けていました(^^;)。

 

 

みいちゃんの安らげる場所を作ってあげられて満足した様子でした。

(ちなみに私が息子にマインクラフトをさせている理由は上記の様に自分が表現したいと思った事を表現出来る一つのツールになればいいなと思っての事です。)

 

 

 

このお話を読んで、食べられる食材が増え・・・たりはしませんでしたが、何故か

”もったいない”

という概念が息子の中に浸透した様で、これを機に何故かティッシュの使い方が少し上手くなりました(笑)

 

 

 

*1:「誰だよ、みいちゃんを。許せない!」とも言っていたので話の真意までは理解出来ていなかったかもしれません(^-^;

復帰への道のり

『どう生きるか?』をデザインする

以前、息子に

「眠る事と死ぬとの違いは何?」と聞かれて、まだうまく答えられなかった頃がありました。

当時の息子は入眠困難が顕著で、こうした事を言葉にし始めた頃でした。

ですから私としてもまだ4~5歳の子に答えきるだけの準備が色々と出来ていなかったのでした。

 

今でもまだうまく答えられる自信はないのですが、色々答えを模索する中で単に『生物としての死の定義』を答えれば良い訳ではないと感じ始めました。

 

私が与えるだけではきっとダメで、

答えの一部分でもいいから自分なりに見つけて欲しいなと思うんです。

 

自分なりに

『死とは何か?じゃあ生きるって何か?』

を考えていく事が

「眠りと死の違い」の答えに通じるのでは?と思っています。

 

 

そうした答えを考える上で以前ご紹介した自然史博物館で学んだ

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

 

ナガスケやマッコ、それから大好きな恐竜などの生きた証を見、自分はどう生きていきたいのか?を考えてくれたらいいなぁと思っています。

 

 

 

集団を選ぶ

今、息子は聴覚やその他の過敏、そして高機能自閉症の人が陥りやすいつまづきによって大きな不安の嵐の真っ只中にいます。

でもその嵐ももうすぐ過ぎ去りそうな予感がしてきました。

 

 

少し落ち着いてきた今だから言える事ですが、

あえて誤解を恐れずに言うならば

学校が辛いなら行かなくたって構わない。

学校が合わないからといって、間違っても死にたいなんて思わないで欲しい。

(教育を受けさせる義務を背負っているのは親であり、その環境が適切でないならその指摘をしなくちゃいけないのは親の責務。だから今回の件は私が背負わなくちゃいけない。)

 

集団の中の価値観だけが全てじゃない。

一歩外に出てみればすぐそこに学校とはまた違った価値観が普通に存在していますよね。

 

高山に咲く花もあれば、深海に生きるエビもいる。

 

置かれた場所で咲きなさい、とは思うんですが、自分が身を置く場所は自分で決めてもいいんじゃないかな・・・。

 

 

ただ、自分で決めたなら人のせいにはせずに、どう生き抜くかを自分で工夫していけたらいいなと思います。

 

 

 

どうやら息子は集団の中に戻ろうと決めた様です。

私としては、その道のりはかなり険しい事を伝えなくちゃいけません。

 

戻るからには人の話を聞いて理解する授業にある程度心構えできる様に、

又、周囲にもまだ耳からの情報だけではおぼろげな理解でさえ怪しい事を理解していただけないと復帰は難しいでしょう。

 

 

 

もう少しこの状況を変えていく為に頑張ってみます。

モンスターの涙

どこまで書けるかわかりませんが、少しだけ現在の心境を残させて下さい。

 

今は子どもの登校渋りの件で学校や周辺施設へアプローチを続けている最中です。

 

学校に対して言葉で自分の感覚をうまく伝えられない息子の代弁をしたり、発達障がいや感覚過敏についての理解をお願いしていく中で、どうしても理解していただきにくい状況が少し続く事がありました。

 

いくら伝えてもうまく伝わらない辛さ、もどかしさ。

徐々に自分には全く味方がいないのではと孤独感に苛まれ、とうとう私はモンスターになってしまいました。

 

モンスターペアレント・・・。

自分でもそう思います。

 

声を荒げて自分の意見を通そうとし、少しでも反論されそうになればなりふり構わず噛みつこうとしていました。

必死のあまり逆に子ども自身がどんどん不利な立場に陥る事も顧みれない愚かなモンスター。

 

それでもまだ味方はいると思っていました。

少し遠いけど

以前の療育の先生や主治医の先生にはわかっていただけていると思います。

 

そして夫。

 

だから私たち親子は四面楚歌ではないと思っていたのです。

 

 

でも

その夫からこんな一言を受けてしまいました。

 

「もう少し穏やかにやれないの?

声を荒げているのを聞くのはうるさいんだけど?」

と。

 

 

モンスターは壊れてしまいました。

 

お酒を浴びる様に飲み、嗚咽も自制できない程泣きました。

 

もう全ての気力を使い果たしてしまった様で、少し立ち直るのに時間がかかりそうです。

 

 

誰かに助けて欲しかった。

私と一緒に行動してくれて、私が声を荒げそうになった時は代弁してくれる人がいて欲しかった。

本当はそれを夫にして欲しかったのですが、どうやら夫にも理解を得られていなかった様です。

 

 

地球の事、宇宙の事

やっぱり聴覚過敏でした・・・

ご心配をお掛けしているかもしれませんので少しだけ近況をお話しさせて下さい<(_ _)>

 

聴覚などの感覚的な苦痛に耐えかねて不登校ぎみになってしまったうちの子ですが、今は少し落ち着きを取り戻し、遅刻しながらも学校へ向かう様に戻りつつあります。

 

勉強がしたくて小学生になるのを楽しみにしていた子なのに、聴覚の過敏さに対して私の準備が足りなかった様に思います。

ノイズキャンセリングイヤホンやヘッドホンといったツールの導入を前向きに検討していかなくては・・・。

※もちろんこうした結果に至った原因は聴覚過敏だけではないので、また最初から一つ一つ対応していきたいと思っています。

 

 

 

自然や生き物への理解を深める

さて、そんな訳で休む日が増えたのですが、休みは心のリフレッシュの為に使いました。

 

 

ある一日は自然史博物館へ赴いてたくさんの命の軌跡を一緒に見て回りました。

息子が一番感じ入ったのはやはりこのクジラの標本でした。

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奥が「ナガスケ」(ナガスクジラの標本)で、

手前が「マッコ」(マッコウクジラの標本)です。

それぞれに愛称があり、この館のシンボル的存在なんですね。

 

大きく、そして流れる様に美しい骨。このクジラ達が一生懸命生き抜いた証の様に感じます。

 

ただ、この美しい骨を取り出す為には大変なご苦労があった様で、その大きさ故に薬品などで処理する事が難しかったそうです。そこでクジラ達を土に埋めて微生物に分解してもらった、との事でした。

 

そうした説明文を読みながら

「お母さん、ナガスケは分解するのに7年もかかったみたいだよ。」

とか

「マッコは3年かな?」

と息子は食い入るように読んでいました。

(微生物や分解者といった存在を理解し始めている様子がうかがえました。)

 

 

 

 

それぞれの視点

とまぁ、上記はどちらかと言えば私の感想です。

息子は私とはまた違った視点でこの2体のクジラを見ていたのでそちらを記録させて下さい。

 

博物館の入り口前にこの標本が展示されているのですが、到着してすぐに『出来るだけクジラ全体が納まるように』、と遠巻きにカメラで撮影している私の横で

「あ、これ、1体は歯クジラなんだね~。」と息子が言うんです。

 

私は視力が弱いからか、出来るだけ全体を見ようとしてしまいがちですが、

でもその横で息子が一番最初に気になったのは↓

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こんな風に手前の「マッコ」に歯がある事だったのです。

(奥の「ナガスケ」はヒゲクジラの仲間なのでマッコの様な歯は無いそうです。)

 

細かい部分に気がつく良い点として伸ばしてやれたらいいな、と改めて思いました。

 

 

 

 

カッシーニのグランドフィナーレ

そしてこの日は土星探査機『カッシーニ』が土星に突入し、その役目を終える日でした。

 

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ちょうど博物館を去ろうとした時に館外で力尽きたチョウを発見。博物館へ戻ってこのチョウの名前(ゴマダラチョウでした)や保存方法を教えてもらってすっかり大満足。

 

 

帰宅してひと息つき、インターネットでNASAのライブ映像を見た頃には既に突入後だった(T_T)のですが、最後に衛星エンケラドスを見つめながら土星へ降り立ったそうですね。

 

息子にその事を伝えると

「今度は土星カッシーニのレプリカを作りたいね。」と言っていました。

 

 

息子が宇宙に興味を持ちはじめた頃は太陽系の惑星が特に好きで、その中でも当時は土星が一番好きでした。

私とは

「どの衛星が一番魅力的か?」

とよく議論になる事もあり、ミマス派の息子とエンケラドス派の私であーだこーだと言い合った楽しい記憶があります。

 

カッシーニとそれを支えた技術者のみなさん、本当にたくさんの発見と素晴らしい旅を見せてくれてありがとう。

 

”モノを作る” を教える理由(草稿)や近況について

表題から『草稿』ってオイオイ・・・と思われた方もいらっしゃるかと思います。

草稿は他の人に読んでいただくものではないという事は重々承知の上なんですが、今回だけはお許し下さい。

理由は後ほど述べますね。

 

工作課題を通じて『モノ作り』を体感して欲しい

まずは”モノ作り”という事で、

息子は夏休みの自由課題で小惑星探査機の模型(?)を紙パックなどで手作りしました。

といっても全行程で私の手伝いがあったという事で完全オリジナルではないですが、何も無い所から一から作り上げるという工程を体感して欲しくて一緒に取り組みました。

 

その取り組みの今回の一番の核は

『作業工程を6分割し、一気に作り上げるのではない事を体感して欲しい』という事でした。難しく思える事もスモールステップで進めていくと出来るんだよ、という事を知って欲しかったのです。

 

その作業工程とは

(1)ネットや本を探し、モデルとなる探査機の写真やイラストを選定する

(2)その写真を元にざっくりとしたイラストを描く

(3)(2)のイラストを使っておおまかな比率や寸法の目安を測る

(4)(3)の寸法をもとに、材料を集め、サンプル品を作ってみる

(5)(4)のサンプルや作成工程を検証しながらプラモデルの様に組み立て図を作成する

(6)(5)をもとに作成する

 

と、細かく作業を分ける事で、何もない所から作っていくんだと教えたかったのです。

 

これは、きっと息子の性格や特性を考えればITなどの技術職や研究職を目指すのが一番向いているのではないかな?と親なりに思いまして、今のうちから順序立てて作業を組み立てていく考え方を身につけてやりたいと思ったからです。

 

それにIT業じゃなくても順序立ててシーケンシャルに処理していく事は頭の中をシンプルにさせてくれると思いますし、こうした考え方の基本を少しづつ教えたいなと思って取り組みました。

 

・・・という内容を写真付きで記録しておきたかったのですが、ちょっと現在の話に絡むことを今お話しする事が難しい状況にあります。

 

 

 

近況について

『草稿』としたのは、今、学校での出来事を詳細に書くのが少し微妙な状態にあるからです。

 

詳細はお話しできませんが、うちの子・・・不登校気味になってしまいました。

 

 

小学校1年生で不登校かぁ・・・。

 

経緯やどう解決していったのか、本当は記録に残して(未来にこの文章を読んで下さる方も含めて)皆さんと情報共有をしていきたいと考えていたのですが、今はあまりにリアルタイムすぎて書き残すのが最良の策ではなさそうです。

 

いつか・・・

いつか、気楽に笑って書ける日が来る事を目指して、解決に向けて動いていきたいと思います。

 

 

そんな気配を感じ始めたここ数か月、

特にこの数日は

 『母親の私が闘わなくちゃいけない。

 でも誰と闘うんだろう。

 教育現場なんて、100年単位で培われてきたもの。

 それを一人の母親が動いたとて、何か変わるのだろうか?

 そしてそもそも一体何に立ち向かわなくちゃいけないんだろう。』

と、見えない何かを変えていかなくてはいけない重荷に耐えかねて塞ぎ込んでしまう事もありました。

 

息子も参っているけど、それ以上に私自身が眠れなくてかなり高ぶった気持ちのままで朝を迎える日もありました。

 

 

ちょうど今、昨日放送された発達障がいに関するTV放送の録画を見終えました。学校によって、先生によってこんなにも差があるのか・・・と。

 

理解が進んでいる学校は発達障がい、というよりも一人一人の個性に対して理解を示し個別や全体などで適切な本当の支援を(それこそ支援という考えもちょっと変かな?と思える程に)ごく普通に与えて下さるところもあり、

一方では全くそうではない(辛い・苦しいは甘えなんだと切り捨てらてしまう)ところもあるのが現状です。

 

 

『思い返せば幼稚園やこれまでに居られた環境は本当にラッキーなくらい恵まれていただけなんだなぁ。本当に良い先生や環境にただただ幸運さだけで巡り合えて来れただけなんだ。』

と、改めて痛感しました。

 

 

どうか、今、学校や会社に行けなくて辛くて苦しい思いをしている子ども達や大人の人達の気持ちの分まで少しでも多くの人に伝えていける様にどうぞ見守って下さい。

 

その為にはまずは『闘う』なんて物騒な気持ちでもなく、『諭す』といった上から目線な言い方でもなく、『相互理解』という本来の気持ちに戻れます様に。

 

頑張れ、私。

冷静にならなくちゃ、ですね。

 

余暇を模索する。

↑タイトルが漏れてたみたいでスミマセン。後日加筆しました(*- -)(*_ _)

 

ご心配をおかけしました<(_ _)>

 

 前回の記事ではかなり暗~い雰囲気で終わってしまって(^^;)スミマセンでした。

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

 あまりご心配をおかけしない様に努めていきたいなぁとは思いつつ、あまり良い事ばかりのブログにはしたくなくて。

今現在本当に悩んでいる事やそれをどうやって解決していったのかという点を少し書き残しておきたいなと思っておりますのでお読み下さっている皆様にはお目汚しで本当に申し訳ないのですが何卒ご了承下さいませ。

 

 

 

時刻制限で解決

それで小1の息子がゲームをし過ぎてしまう件なのですが、一番酷かった頃から約1週間以上経ちまして、とりあえず落ち着いてきました。

夏休みを終えたあたりから息子のゲーム熱が酷くなってきて、最初はストレスなのかな?とも思ったのですが、『もっとやりたい、もっともっとやりたい』といういわゆる中毒の様な状態だったのでマズイな・・・と慌てた次第でした。

 

その対策として、最初は

・ゲームを時間制限(1日2時間までとか)

で様子を見たのですが、それじゃうまくいかなくて時刻で制限する事にしたんですね。

するとすっかり落ち着いた様子です。

 

もう少しだけ詳細を述べますと、

”宿題やカバンの用意、習い事などを終わらせたら1日2時間までなら遊んでいい”

という最初のルールだと宿題や習い事の内容が悪化してしまい(つまり適当に済ませてしまう様になり)、

「全部終わっているんだからゲームしてもいいでしょ!」と更にゲームの時間が増えてしまう結果に陥っていました。

 

そこで

”ゲームは朝6時台~朝食まで+夜間20時~21時の間だけ。但し、夜は宿題やカバンの準備、夕食やお風呂も済ませておくこと。”

と条件を変更。

すると

『宿題を早く済ませたって、結局夜にならなきゃゲーム出来ないからまぁいいか~丁寧にやろう。時間が余ったら本読もう。』

という思考に至った様です。

 

と言う事で、うちの子には時間制限ではなく、時刻制限が一番向いている様です、というご報告でした。

 

 

余暇の使い方

ゲーム自体はマインクラフトというゲームでして、これはある意図があって遊ばせていたのですが(またこれについては別で書かせていただくかもしれません)、まぁ・・・なかなか親の思惑通りにはいきませんね(^^;)

 

しかしゲームにハマりすぎてしまった一因として、

「じゃあ余った時間をどう使えばいいの?」という事が一つあると思うんですね。

 

そこで

(1)興味のありそうな本を購入したり、図書館でいくつか本を借りておき、帰宅後は何か1冊を一緒に読む

(2)とりあえず短期的に取り組める目標を持つ(今月は”習字を書道展に出品してみる”、という目標になりました。)

(3)学校の予習的な事を取り組み、復習の大切さに気付かせていきたい

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(ちなみに一番最近購入したのは↑ニュートンでした(^^;)ほとんど私の趣味ですネ・・・反省(T_T))

 

本音を言えば(3)は極力やりたくないです(^^;)

学校で知る楽しみを奪う事になるので。

 

そうした知識を先取りするよりも、夕方まではお友達と公園で遊んだり、手先を使う様な男の子向けのおもちゃで組み換え遊びをさせる様にはしています。

が、どうしても先の見通しを立てたくて不安そうな時だけ少し教える様にしています。

 

 

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ちなみにニュートンを買ったのは、土星探査機カッシーニの長い旅がもうすぐ終わるという記事を見せたかったからなんです。

イトカワから帰還したはやぶさ木星探査機ガリレオの終焉は息子はまだ生まれていなかったので見届けられませんでしたが、

カッシーニが眠りにつく時は見守ってあげられるね。」と私が伝えると、

「またはやぶさみたいに、カッシーニガリレオも自分でレプリカを作って再現させてあげたいな。」と言っていました。

 

実は夏休みの自由課題ではやぶさのレプリカを作ってみた事があったのですが、こうした息子の思いを知っていたので物に命を吹き込む作業(つまり何もない所から何かを具現化していく作業)を体感して欲しくて一緒に取り組んだという経緯がありました。

 

次回はこの夏休みの課題について、少し記録させて下さい。