ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

不登校のきっかけ、理由3(雨の日は辛い日)

<雨の日に多発する接触>

子どもとの同伴登校が何日か続き、ほとんどの事は見れたかな?と感じていた頃です。

まぁ・・・『授業が聴覚指示ばかりでわかりにくい』というのは入学前から予想された事だったので、『やっぱりか・・・。』という気持ちで一杯ではありましたが、でも

”本当にこれだけなのかな?”

と少し思う事もありました。

 

これだけの事でここまで行き渋るのだろうか?

その答えはすぐに出ました。

 

とりあえずこうして見て気付いた事を先生方にお伝えし、改めて支援をお願いしようと考えていた矢先のある日、雨が降りました。

 

まさか・・・雨の日が鬼門だとは思っていなかったので、あの日私が見たり体験した事は忘れられない出来事となりました。

 

まぁ、何のことはないです。

言葉は悪いですが、息子は雨の日のサンドバック代わりになっていました。

 

雨の日って、体力が余りある子にとっては運動場が使えなくて苦しい日なんですね。

色々な感覚への刺激を求めるあまり・・・休み時間になると他のお友達にちょっかいを出すお子さんが増えてしまっていました。

 

そうした中で息子がかなりビビットな反応を示すのが面白く感じられるのか、複数のお子さんから引っ切り無しにちょっかいを受けている様子を見ました。

 

誰かのちょっかいが終わればまた別の誰かがやってくる。

 

そんな中で私も

「お願い、やめてちょうだい。」

と口でお願いしたのですが一向に聞き入れてくれない様子の事もありました。

 

『あぁ・・・この子達も苦しいんだろうな・・・。』

誰一人苦しむ息子に悪びれる事が無い様子に全くの無邪気さを感じました。そう、悪意なんてないのです。

だから逆に同情せずにはいられない気持ちもありましたが、こうした事を息子はずっと受け続けていたのだと思うと自然と色々な事に合点がいきました。

 

 

休み時間に起こる事なので先生方はこうした苦痛に気付いてくれるハズもなく、一人苦しみに耐えていたんだなぁと。息子にしてみればこうした苦しみから救ってくれない先生方に対し信頼を寄せる事なんて到底難しい事だったのでしょう。

 

実際に私もこの時息子の代わりに体で押してくるお子さんのパワーを受け止めてみたのですが、1年生であっても全身で押してくる力の強さは並大抵のものではなく、帰宅して親子二人でぐったりと疲れ切り、夕食の準備も出来ない程でした。

 

 

 

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息子は小学校に入学以来信頼を寄せていない大人や初めての人に対してはかなりキツイ生意気な口調を採る様になってしまいました。その一方で何故かお友達に対してはあまり強く言えない傾向にある様で、大人の先生方にしてみれば

『いつもなら嫌だって言ってくるのだから、友達にやられて嫌な事があれば言えるだろう。』

と感じていたと思います。だけど↓のイラストの様に言えないんですね・・・。

そうした事が今回の件では強く作用してしまったのではないかなと思えます。

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この件の翌日もまた雨だったので私たち親子は途方にくれました・・・。

 

学校にこうした事をご理解いただきたくて、間に別の機関に入っていただこうとある相談機関にお電話したところ

「電話で聞いた限りですが、やめてと言えず逃げも出来ないおたくのお子さんの方が悪いんじゃないですか?見た訳じゃないというお断りはさせていただきますけど。」

要約するとこの様な回答でした。

 

こちらの相談機関は発達障害に関してプロの機関だという事でお話ししたのですが、高機能自閉症の息子の今の発達段階では「ヤメて!」なんて言えません。追いかけてくる子は腕自慢・足自慢の猛者ばかりなのに逃げれるハズがない・・・。

こんなとんちんかんなアドバイスをされてしまって何かが吹っ切れました。

 

『この市の教育機関の発達障がいへの理解はこんなものなのか・・・。もちろんそうじゃない先生方もいらっしゃるだろうけど、こうした環境に息子を連れてきてしまった自分を恨もう。もう息子を無理に学校に行かせて苦しむくらいなら学校なんて行かなくてもいい・・・。』

と。

同じ市の方針であっても療育や医療などでお世話になった発達障がいに関わる先生方と小学校の先生方の理解のギャップがありすぎて呆然としてしまったのでした。

 

ちょうど過去記事↓にも書きましたが、

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

家庭の食糧も尽き、生活の全てがボロボロになった我が家とストレスが顕著に体調面に表れだした息子。これ以上学校にしがみつく事は何のメリットもありませんでした。

 

こうして息子は学校に行く事を見合わせる事になりました。

 

 

これが最初に不登校になった経緯です。

もちろんこれらは息子や私の立場からの記録です。これを先生方、他の生徒さんの視点から描けば全く別物になるでしょう。*1

 

 

 

それは例えば

『集団の規律を乱す悪い行為』

であったり

『自分の事ばかりでわがままな奴』

という見方かもしれませんね。

 

でも、立場を変えればちょっと集団に馴染めない人にもこうした思いがある事を少しでも多くの人に知ってもらえればいいな、と思っています。

 

 

又、今回私が何日も同伴して登校した事で同じ教室のお子さん達にとって驚かせてしまった事に対しては申し訳ない気持ちがありました。みんなだってきっとお母さんについてきて欲しい気持ちや知らない人が入ってくる事で不安になる気持ちもあったでしょう。みんなの心を乱してしまって申し訳ないなぁ・・・とは常に感じていました。

でも優しいお子さんばかりなので、息子がこのクラスにこだわる理由もわかった様に思います。

 

 

 

<想定外だった事>

学校での様子を見させていただいて、息子に対する一番の驚きは

”言葉の悪さ・態度の悪さ”

でした。

 

家庭ではもちろん、幼稚園でもこんなに口や態度の悪い様子ではなかったと思います。

 

それがどうしてこうなってしまったのか・・・という所ですが、

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

↑前回の記事にも書きました通り、不安感からの強い拒否が悪態やひねくれた言動、憎まれ口やあまのじゃくな対応となってしまうのです。

そうした言動は先生方からしてみれば可愛げのない扱いにくい子と感じるでしょうし、それが障害所以であると知ったとしても、尚更普通級での対応は難しいと思われる点かもしれませんね。

 

本当はどんなクラスであってもどんな子であっても子ども達の困り事に対して『どうしてこんな事するのかな?どうしてこんな態度に出るのかな?』と観察し気付いて頂ける寄り添いがあれば有り難いなあと思います。

 

そして又、そうして信頼関係を一つづつ積み重ねていく事でここまでの拒否も発動しないのかなと思います。

 

まさに

『困った子は困っている子』

である事を色々な方に知っていただければ幸いです。

 

 

 

だからまだこうした成長段階の息子の都合もあり、私としても息子のひねくれた態度をまだ改善する糸口も見つけてやれないもので、学校/息子双方にとって今すぐ無理に学校に行く事が正解ではないのだろう・・・というのが結論です。

 

まぁ・・・地域によっては情緒級の支援級でうまく吸収していただけるパターンかもしれませんね。(こちらの地域では通級という形での取り出しはしていただけるので、今は週1時間の取り出しだけは何とか通えている状態ではあります。)

 

 

 

 

 

この後も色々と続くのですが、そちらについては今はまだお話し出来るだけの体力がなさそうです。またいつか書ける日がくるといいなと思っています。

 

 

 

 

 

 

*1:実は『不登校のきっかけ、理由』シリーズに載せましたイラストは担任や支援の先生方に見て頂きたくて描いたのです。しかし念のためと思い、先生方に見せる前に上記の相談機関に先に見て頂いたのです。

「このイラストを担任の先生方に見ていただいて、息子の状況をご説明したいのですが。」

という旨をお伝えして見て頂いた所、

「これは見せない方がいいです。学校の先生にとって、お母さんの方が自閉症に詳しいとなると・・・ちょっとねぇ。」

と言われ、見せなかった経緯があります。

 

「この絵に描かれた事はとてもわかりやすかったので、私たちの方から同じ様な事は学校にお伝え出来ると思いますので、こちらから説明しておきます。」

との言葉を信じこの時は引っ込めたのですが、その後先述した通りの様な辛いアドバイスをいただく事となり、こちらの相談機関へはもう相談しなくなってしまいました。今となっては私たちの困難を学校に正しくお伝えいただけたのか・・・わからないままとなりました。

 

ですから夫と二人で学校へ正式に申し入れた時は書面でこうした内容をお伝えしたのですが、ニュアンスの様な部分がうまく伝えられなかったかもしれないな、と感じています。

不登校のきっかけ、理由2(初めての事への強い拒否)

<初めてへの拒否を緩和する為に>

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小学校に進学してから、特に初めての事に強く拒否をする様になったと感じます。もちろん今までもあったとは思いますが、幼稚園の先生方は

「やってくれそうだなって感じる事は何度か様子をみながらトライしてもらっていました。でも”これはダメだな~”と感じる事は絶対に無理強いせずに回避していました。」

と教えて下さった事がありました。

 

多分息子に関してはこの対応が一番正解なのだと思います。

『諦めない。でも無理強いしない。』

 

最初は拒否していても、周囲のお友達の様子などを見ているうちに

『やってもいいかな?』

なんて思う瞬間がある様で、幼稚園ではそうした時を逃さずに勧めて下さっていたのだと思います。

 

それとなく予告や予測を利用しながら本人の不安感を和らげていく事が一番スムーズな導入方法かなと思っています。

 

又、↓に述べます様に、本人の混乱として視覚と聴覚との理解度の差が大きすぎる事があった様に思います。

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 ↑この様なイラストですと言語中枢のブローカ野はうまく働いていてウェルニッケ野の方だけに難がある様に受け止められてしまうかもしれませんが、実際にはまだどちらも弱く、授受動詞や受け身、使役といった対人関係を表す文章への理解の困難さなどがまだ軽く残っている様に思います。ただダジャレやクイズが好きだったりしますので、言語領域だけでなく右脳や音韻を楽しむ領域を上手く使いながら色々な脳機能同士の連携を強めている途中なのだろうな~なんて思っています。

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こうした理解の差というのは本人にとっては苦しみであり、先生方にしてみれば提出した発達検査の知能指数を疑う事に繋がってしまう様です。

しかし視覚的な理解に強い点をうまく利用してもらえれば、視覚的に説明する資料を事前に準備しておく事で双方にとって多くの事がぐっと楽になるのになぁ・・・と傍で見ていて強く思わずにはいられませんでした。

 

 

長くなりますが、こうした大きな不安感で一杯だった息子に決定的な出来事が起こってしまいました。次の記事でその事をまとめて終わりたいと思います。

 

 

不登校のきっかけ、理由1(聴覚理解の困難さと口頭指示の相性の悪さ)

何日も考えての事ですが、心を決めました。

どこまで書けるかわかりませんが、小学校1年生の息子がたった半年で不登校になった経緯を記録したいと思います。

 

今ここで全てを語る事が正しい事かどうかはわかりません。

むしろ息子を知る人がこれを読めば、息子の立場は益々窮地へと追い込まれるかもしれません。

 

それでもお話ししようと決めたのは、息子の無念を晴らしたいからとか、悔しさからとかそういったこちらサイドの都合ではなく、もしこの記事をUPする事でこの四月から新しい歩みを始められる方、或いは今既に同じ境遇にあるお子さん達へのサポートの目がもっともっと広がって欲しいと願い止まない気持ちからです。

 

残念ながら我が家の置かれた環境では・・・もうこれ以上私たち親だけの力では変える事が出来そうにありません。

しかしこれを読まれた方が、

『ひょっとして・・・うちの子は大丈夫かしら?』

とか

『あれ、知っているあの子の困りと似ているかも?』

なんて気付いていただけるきっかけになればと思います。

 

 

これ以上・・・子ども達が辛い思いを一人で抱える事にならぬ様、誰か一人でも良いからわかってくれる大人の方を増やしたい思いでUPします。

 

 

 

子どもの目線に立って。

夏休みが終わった頃から息子の登校渋りが始まりました。

学校での出来事を上手く言葉を紡げない息子。

しかし非常に断片的で途切れ途切れではありましたが・・・語られるその様子からはこれ以上看過できない状況の様でした。

 

ある日、私は意を決し、学校の様子を塀の外から聞き耳を立ててみる事にしました。

ちょうど運動会の為に全校生徒揃っての外での練習風景。。。

 

大音量のBGMやマイク音量、時間内に終えなくちゃいけないのでやたらと急かされる状況、怒号・・・息子にとって厳しい環境である事がすぐにわかりました。

 

 

『こりゃマズイ・・・。』

その日から程なくして私は息子の学校に付き添う事になりました。

 

「お母さん・・・学校に行きたくない。」

そう息子が言い出したのです。

「わかった。じゃあ休もうか。それともお母さんも一緒にいってみようか?」

確か何日か休みを挟んだ後、同伴登校を提案したところ息子も納得したのでついていく事にしました。

 

 

どうやら息子にとって大変な事態というものは何も運動会の練習に限った事ではなかった様でした。だから普段の授業も見せて頂く必要がありました。

 

そう、そしてやはりそこで見た限りでは

『さもありなん・・・。』

と、予測していた状況だったのでした。

 

 

それを他人に何とか伝える為に、私はイラストを描きました。

 

今回はそちらを下記に添付していきますね。

 

 

<聞く事の困難さについて>

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教室では反語や~じゃないの文、『ダメ!』の多用をすぐに感じました。入学前に息子の事を詳しく記したサポートブックをお渡ししたのですが、その中に記載しただけではわかりにくかったのだろうな・・・と思います。

 

又、実際の授業風景も見させていただきましたが、

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非常に口頭指示が複雑で長いと感じました。授業の中の目まぐるしい動き、先の読めない不安感から、実際の息子は↑のイラストの右下の子の様な焦り感を表現出来ず、教室から飛び出して廊下でのたうち回ったり先生が説得する様な話し方も聞き入れられない様子でした。

もしその場で指示をしていただくとすれば口頭ではなくてやる事を黒板に板書していただく、或いはあらかじめ今日やる流れをプリントにしておいていただくなど、授業の流れが視覚的にわかる支援をなんとかいただけると助かるなぁとこの時痛感しました。

 

例えば国語の授業ですと何度も音読をする場面があるのですが、音読にも色々なスタイルがある様でして、目的別に全体で音読したり、文の始めから○まで読むとか、段落ごとにといったルールが日によって違ったりする様です。

そうした読み方の違いに例えば「音読1」(全員で読みましょう)「音読2」(○までで次の人に交代して読みましょう)「音読3」(段落ごとに交代して読みましょう)

等と最初にルールを見える化してご提示いただくと本人の見通しや予測が立てやすくなるのかなと思います。

 

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1年生だからまだ文字が読めないという事もあり聴覚指示がほとんどの授業への大きな不安感がきっかけとなり、息子の自己肯定感は最低レベルまで引き下がってしまっていました。

教科書に書かれた内容は理解出来るのに、授業で言われる内容が全くわからない・・・この事が原因かなと思います。

こうして息子の聴覚過敏・皮膚感覚の過敏さは頂点に達していました。少しの接触も辛く、この頃からイヤーマフも利用する様になってしまいました。

 

 

 

長くなりましたので次に続けさせて下さい。

明日は初めての事への不安感と対処について書きたいと思っています。

 

 

マイノリティの心の傷

あまり現在の事が書けない日々が続いています。

 

年末から小学校に復帰した息子ですが、やはり小学校の授業には姿勢の保持だとか体育や図工といった苦手な事が多いので休み休み行かせていました。

 

というのも、普通こういった場合本人が行きたい授業を選んで遅刻したり早退したりと学校への適応を調整しながら進めていくかと思います。でもうちの息子の場合、ちょっとAll or Nothing的な考えの部分もありまして、朝から学校に行くか一日休むか・・・といった登校スタイルをとる事もありました。

だから無理をする度に余計疲れが酷くなることもある様でした。。。

 

でももうそんな事も辞めようと思います。

 

新学年まであと残り数か月ですが、もう学校にしがみつく事はやめようと思います。

 

どう頑張っても理解が得られない環境の中でただ疲れきって帰ってくる息子にこれ以上無理させても仕方ない。

何より一番辛いのは、子どもとの約束を守ってくれず予定をコロコロ変える担任の先生に対して息子は信頼を寄せられず何度も何度も裏切られた気持ちを抱えてしまう様になりました。

 

もちろん先生はウチの子だけでなく他の多くのお子さんへの対応をされる中で色々ご配慮をいただくのですから、うちの子だけみていただく訳にはいかないのは良くわかります。

でもご自身で約束した事ぐらいは守って頂きたかったなぁ・・・。

 

”その場に応じて臨機応変に”変える事はとても大切なスキルなのですが、特に自閉症の人にとっての予定変更はとてもエネルギーが必要な事なのだという事を何度も何度もお伝えしてきたのですが、私の伝え方が悪いのでしょうね・・・結局わかっていただけずに終わってしまいました。

 

 

 

 

 

又、そうした心の傷を抱えたとしても息子はまだ言葉にして反論したりその場で抵抗する能力が低い為、誰にも打ち明けられないまま心の中に抱えてしまいます。そうした痛みを抱えながら生きている為、大きなストレスの反動が色々な形となって表出してしまう様になりました。

 

やっぱり学校や集団生活とは相性が悪いのかなぁ・・・

 

そう思って諦める事にします。

 

 

 

先生の言葉の端々、態度の端々から伝わる

~この子には出来ない、知的に足りない、このクラスじゃやっていけない~

そうした態度を敏感に感じて息子は傷つき、

 

~少し出来たら大げさに褒める、この子の本来の能力を認めようとしない、持てる力に応じた学びを与えてくれない~

そうした見下された学校での対応に心が萎えてしまいました。

 

 

生きる喜び、学ぶ喜びを知る為に通うはずの学校で子ども達は集団を理由に無理な我慢を強いられ本来の学びを与えられずただ苦痛を我慢する事だけを強制される今の小学校の在り方に大きく疑問を持ちます。

 

もしこの記事をお読みの学校の先生方、教育関係者の皆様がいらっしゃったら深く傷付けるかもしれませんね。でもこれが我が家の抱えたリアルな痛みです。この記事から何かをお察しいただき、学校の在り方を皆さんで考えて頂ける一助となればいいなと思います。

 

 

産地指定、始まる。

味覚の過敏さの高まり・・・

 

以前どこかでうちの息子には副鼻腔炎(いわゆる蓄膿)にかかりやすい事をお話しさせていただいたかもしれませんが、今年は比較的症状が落ち着いていてあまり発症しない事が増えてきました。

 

それに伴って・・・なのか?逆に味覚に対する意思がはっきりしてきちゃいました(^^;

 

発達障がいのお子さんの場合に良く言われる事ですが、

『メーカー指定/製品指定』

という症状(?)がうちの子にも当てはまります。

 

これまでですと例えば

・納豆

・ヨーグルト

・ゴマ

・牛乳

・りんごジュースやみかんジュース類

 

こうした物は製品指定といって、『この商品じゃなきゃ口にするのが難しい』といったレベルのこだわりがある物があります。特に納豆やヨーグルトは同じメーカーさんであっても別商品になると食べられなかったりするので、売り切れの場合は何件もお店を巡る事もしょっちゅうです(T_T)

 

 

 

が・・・

ここにきて恐れていた事態が・・・(笑)

 

衝撃の

『産地指定』

が始まってしまいました(;一_一)

 

毎朝朝食は鮭のおにぎりを食べていたのですが、いつもはアメリカ産の鮭を調達していたのですがそのお店の仕入れ先が変わったらしくチリ産に変更になった様で、

『まぁ、大丈夫だろう・・・。』

と恐る恐る朝食に出したところ

「これ、いつもの味じゃない・・・。」

と一口目で気付いてしまいました( ̄д ̄)ウワァ・・・

 

実はそれだけではなくてですね、鮭の場合は脂と塩味の少ない尾っぽの部分が好きだという部位指定が既にありまして、更に産地指定・・・となるといつでも入手出来るかどうかが難しくなってきたりします。

 

という事で当面はおにぎりを見合わせて、パンに切替中です。

鮭に復帰する時は産地を混ぜて慣らしていくか、本人の良い点として味覚の鋭敏さをそっと育んでいこうか・・・本人の生きやすさの事も考えて悩み中な我が家です。

 

言葉を紡ぐ事が難しい

本年もよろしくお願いしますm(_ _)m

新しい年があけてもう早くも半月以上過ぎてしまいましたが、皆さまは良いお年をお迎えになられましたでしょうか?

 

我が家ではこの新年はつつがなく家族団らんの時間を過ごす事が出来て何よりでした。

そして早くも学校は始まり、あと2ヶ月ちょっとで進級との事です・・・ホントに月日が経つのは早いですネ(^^;

 

昨年は夏休み後すぐに不登校になってしまいましたので今回は慎重に様子を見守り、息子のSOSを逃さない様にと思っています。

ですので学校へはボチボチ・・・といった感じで登校させていただいています。

 

 

 

書けない・・・

新年あけてすぐに2017年を振り返る記事を書きたいと思っていたのですが、年末年始の忙しさ・・・というよりも心境を言葉に練り上げる事の難しさや辛さに直面しています。

 

昨年は息子が不登校になってしまい、

不登校ぐらい何でもないこと。そういう時だってあるもの。』

と対外的にも自分自身にもそう思い込もうとしていた部分が確かにありました。

 

というのも不登校が始まった頃の息子の精神状態の酷い状態といったら・・・。

毎日朝から晩までずっと一緒に過ごしてみると、成り立たない会話やら不眠やら

『これは学校へ通っていては到底立て直す事は出来ないだろう。』

というのが率直な感想でした。

 

脳内の状態が無茶苦茶。

『これは何としても私の責任で元の状態にまで連れて行かなくちゃいけない。』

 

そうした思いと、

『でも本当にそんな事が出来るのかどうか。』

という不安の日々でした。

 

 

まずは体調面を復調させる事を優先し、手探りで良いと思われる事を全て試し、病院や療育先も新たに探し・・・手あたり次第出来る事を進めていきました。

 

そして体調面が少し上向きになった所で学校や教育委員会といった周辺環境へ改めてアプローチを進めていき、改めてご理解やご協力を仰ぎ、無事不登校の解消へと至ったのでした。

 

ただ、私自身は対外的には強気な姿勢を貫いた分、また息子が学校に戻れる様になって少し力が抜けてしまいました。

 

 

正直、疲れすぎました(笑)

 

 

でもこの経験はいつか必ず記録させていただきたいと思っています。

後々同じような経験をされるかもしれない方の為にも、又、息子が同じような状況に陥った時の為にも必ず書き残さなくちゃいけないと思っていますので。

 

それがいつの日なのかはお示し出来ませんが、いつか書く機会があればお読み頂けると幸いです。

 

 

 

弱点克服の為に

(1)「嫌だ。」とか「やりたくない。」といった事を言える様に。

「イヤだ。」これだけだと周りの人からみれば単なるわがままにしか見えないのですが、本人には本人なりの理由があるんですよね。それをきちんと私以外の他人にわかってもらえる様に伝えるスキルをつけてやりたいのです。

 

例えば苗の摘心はその植物の為に行う事ですが、わかっていてもハサミで刈り込む事が息子には辛かったりします。

なのでこうした場合は例えば『髪の毛を切るのと同じだよ』とか『切った方と切らなかった方を比べてみる』といった本人の理解を深める様な働きかけをしていくと良いのかも?と周囲の人に気付いてもらえる様になれればいいなと思うんです。

 

 

別の例ですが、スーパーに買い物に行った際に店内に通りたくない場所がある時があります。それば魚の3枚おろしの方法を写真付きで説明してあるポスターがある場合なんかです。

ずっとその理由がわからなかった頃はわがままに振り回される思いしかなくて・・・『こちらの思いにも気付いてほしいなぁ』と率直に思ったりもしました。*1が、もし

「魚が可哀想だから前を通りたくない。」

と言葉にする事が出来れば、聞いた人の中には納得してくれる方もいるんじゃないかなと思うんです。

 

こうした感情言語化し、対外的に伝えていく練習こそが不登校などのSOSの発信に繋がると思いますので、SOSの発信能力を高める為にも今年からは一層意識して訓練してやりたいなと思っています。

 

 

 

(2)『早い者勝ち』がある中でも混乱せずに順番を待つ

順番待ちについては4歳頃にある工夫をして理解を深めた事がありました。

それで出来る様になったと思っていたのですが、『早い者勝ち』というルールがある場合や大勢すぎて肌身の接触が多くなった場合には混乱がおきる様なのです。

 

順番待ちについてもまた改めて取り組んでいきたいなと思います。

 

 

 (3)やっぱり・・・反語がわかっていなかった

これは自閉症の方には本当によくある”あるある”なのですが、ウチの子もやっぱり

「大丈夫?」

とか、

「寒くない?」

といった口頭での疑問の会話の意味がずっとわかっていなかった様です。

 

だから

「大丈夫?」

と聞かれても、

「大丈夫!(に決まっているよね。)」

といった様な、息子を言いくるめる様な言われ方だと感じていたらしく、大丈夫じゃなくても反論しにくい気持ちになっていたらしいのです。

 

同じ様に

「寒くない?」

と聞かれても

『えーーー、寒いのになんで勝手に”寒くない!”って言い切るんだよ・・・!!』

と思っても中々言い出せなくてモジモジしていたそうです(笑)

 

会話のイントネーションに気付かせていく様に教えていきたいなと思います。

 

 

 

又、上記と類似事項かなと思いますが比喩的な表現で、例えば

”口をきく”と書かれてあった場合

→聞く/利く

という同音異義語の違いにまだ気付けていない部分があって

「口では聞けないョ・・・。」

と困っていた事がありました。

 

今年は去年から取り組んでいる同音異義語への理解を一層深めてやりたいです(^-^;

 

 

 

 (4)学校以外の価値観にも目を向ける

そして最後に今年一番頑張りたいのがこの目標です。

 

今いるコミュニティが全てではなく、新しい事に挑戦してどんどん外へと向けてやりたいなと思っています。

そう、学校よりもっともっと外へ・・・。

 

例えば息子の好きな恐竜やら絶滅動物やら天体やらといった学問はおそらく義務教育の過程では学べないでしょう。でも息子はどうやら学校でそうした事が学べると期待していた分失望感が大きい様です。

 

ごく最近わかった事なのですが、旧版の絶滅動物の図鑑を読んでいた時、いつも息子は下記のページで手が止まるのです。

 

今は”パラケラテリウム”という名前に統一されたキリンの様なサイの様な生物が今から約3000万年程前にいたそうです。でも過去の研究で、それまで”インドリコテリウム”(↓の左上の赤丸)や”バルキテリウム”といった別の生き物として分けられていた動物が全てパラケラテリウム(↓の下段の赤丸)という名前に統一されたそうなんですね。

息子はそれがどうしても納得いかなくて、この絵を見る限り首の長さや大きさが全然違うのにどうして同種とされたのか・・・知りたくても理由がわからなくて困っていた様です。

 

そしてそれを私にうまく説明出来なくて、仕方なく何度もこのページを一緒に見る様に催促していた様なんです。

そんな事も推し量ってやる事が出来ず、今までは

「同種になったらしいよ。」

とだけ伝えておりました。

・・・息子が何に疑問を持っていたのかをうまく拾い上げてやれずにこれまで過ごしてきてしまった様です。f:id:let-me-pick-you-up:20180118192000j:plain

(『ニューワイド 学研の図鑑 大昔の動物』2010年4月28日 第4刷発行 発行所:学研教育出版 P.95より』)※典拠元の明記漏れにて後日上記に図鑑の名称等を追記しました。お読み下さった方にははっきりした情報元をご提示できなくて申し訳ございませんでした。

 

 

でもつい先日少しゆっくりとした時間の中でまたこの本を手に取る事があり、

「インドリコテリウムとパラケラテリウムは全然違う。」

とこの絵を指差して絶対に食い下がらない事がありました。

 

その時ようやく・・・私が気付けました。

「あ、もしかしてこの絵ではこの2体は全然違うのにどうして同じ名前になったのかがわからないって事を言いたいの!?」

と息子に聞くと

「うん、そう!」

と。

 

 

↓ちなみにウィキペディアさんで調べさせていただくと

パラケラテリウム - Wikipedia

こちらのページでは・・・

つまり”性的二型”(性差により見た目や形状が異なること)の差では?という説が今では主流の様子。現在では復元イラストも統一されているそうなんです。

 

こうした事を早速息子に伝えるとともに、学校では絶滅動物は学べなくても性的二型の概念といった一般的な知識を学んでいけたらいいのかなと何となくこの時思いました。

わからない事は積極的に自分で調べていく方法を教えていきたいなと思います(*^^*)

 

 

 

 

 

長々とすみません。

今年の我が家の目標でしたm(_ _)m

 

*1:その当時は本当に理由がわからなくて『???』という気持ちしかありませんでしたが、息子の目を追ううちに『あぁ、あれかな・・・。』という気付きに変わっていきました。

 

そして息子の言葉が発達した5歳頃に

「魚が切られてて可哀想だから通りたくないんでしょ?」

と聞いてみたんです。すると

「よくわかるね、そうだよ。」

と返事がありました。

 

1~2歳の頃にスーパーで大泣きされて困った一つにはこうした理由があったのかな?と今では懐かしく思います。

明けましておめでとうございます。

昨年も諸事情によりバタバタとしてしまってメインもこちらのブログも全然更新が出来なかったのですが、我が家の近況としては少しづつ上向きになってきました。

 

詳細はまだ述べる事は出来ませんが、あの後学校に多くの配慮をいただける様になり、息子はまた学校に通える様になりました。

ただそれも体調面をうかがいながら少しづつ様子をみつつという状態です。

 

一度崩してしまった脳内の状態というのはなかなか戻す事が難しいのだろうというのが感想です。

こうした事って成長の波もあるでしょうし、全てをひっくるめて一概に悪い状態とも言い切れない様に思いますが、家族としては今は焦らず穏やかに見守る事が第一かなと考えています。

 

こんな我が家の凸凹成長ブログですが、

「こんな事もあるんだなぁ。」

と読んだ方に感じていただければいいなと思って書き続けております。

 

今後も細々とではありますが、また今年も少しづつ続けていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

それでは、

新しい年が皆さまにとって幸多き一年となります様に。