ぎゅっぎゅっ、な毎日?

『ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記』(http://let-me-pick-you-up.hatenablog.com/)から派生した今現在の我が家の日記です。

生クリームが苦手だった私

※以前書かせていただいた『マイノリティの心の傷』という記事は熟考の上非公開に戻させていただきました。ちょっと批判的な気持ちが強い時期に書いたので息子がまた学校に行けるようになった今となっては誰かを不用意に傷付けてしまうのも心苦しく・・・。といっても同じような境遇の方の気持ちを代わりに伝えたい気持ちもどこかにはございます。だからもしご要望がある様でしたら少し内容を再考した上でUPさせていただこうと思います。

 

今日は閑話休題、という事で私自身が苦手な食べ物を克服していった過去の記憶を少しだけ記録させて下さい。

”嫌いな理由って案外人それぞれだったりするよね?”とか”苦手じゃなくなる時ってある日突然だったりするよね”なんて事を書きたいなと思います。

 

 

唯一克服出来なかったのが・・・生クリームでした

私が苦手だった事なんて本当はどうでも良い事かなと思いますが、大人になると色々な事が簡単に出来る様になってしまい、出来なかった頃の苦しみなんて忘れてしまいがちになってしまうなぁと日々感じています。

 

でも誰しも幼い頃にきっと一つや二つはどうしても避けたい苦手な事ってあったと思うのです。それをどのように乗り越えたのか?或いはうまく折り合いをつけられたのか?どう克服していったか?そんな過程を今日は思い出して記録しておきたいと思います。

 

 

私は食に関しては・・・幼い頃は実はけっこう手がかかったかもしれません。(といっても絶対にウチの息子よりはマシだと思います。あくまでもよくある好き嫌いの程度とお考え下さい。)

 

まず、味覚に関しては幼い頃から好き嫌いなく殆どの食品を好意的にとらえていました。ただし私も息子と同じかもしれませんが食感・・・と言いますか噛み応えの部分で辛かった体験がいくつかあります。

 

 

(1)イカが怖い・・・

まずは食感としてコリコリと感じる食品が好きだった事が逆に仇となってしまった事がありました。

3~4歳の頃に新鮮なコリコリとした食感のイカのお刺身を食べたんですよね。あまりにも美味しかったのでうっかり

「これ大好き!また食べたい。」

と言ってしまい、その後気を良くした母がまさか食感でそんなに好みが異なるとは思わなかったのだとは思いますが、どちらかといえばちょっとねっとりとした品種(もしくは鮮度?)のイカの刺身を買ってくれた事があり、それが妙に喉に詰まりそうな恐怖感から2年ぐらいは食べられなくなった事がありました。

 

まだ歯が小さく、噛み切る事が難しかった思いと、喉に詰まりそうなむせ返る感覚とその際に強く感じる海の独特の香りは今でも記憶に残ってしまっています・・・。

 

ちなみに体が大きくなってしまえばそんな恐怖を感じなくなりました。歯も体も大きくなり、イカが喉につまる感覚にはならないからです。確か小学生の高学年の頃にどちらのイカでも問題なくいただける様になったと記憶しています。

 

 

(2)恐怖の赤身肉・・・

それは幼稚園入園前の4歳頃の記憶です。

朝ごはんに昨晩のカレーが出たんですね。その日のカレーはゴロっとした赤身肉が入っていまして、それが・・・火が入れば入るほど硬くなってしまった様なんです。確か朝食を食べ始めて30分以上経過した朝の8時ごろでもまだ食べていて、

「お母さん、これ食べられないよ・・・。」

と泣きながら訴えたのですが何故か不機嫌な母は

「ダメだよ、食べきらなきゃ昼ご飯も晩御飯も抜き。」

と随分不機嫌な様子でした。*1

 

あまりに恐ろしい母の形相に渋々肉を噛み続け、気付けば夜の20時を超えていました。

 

途中

「無理、こんなの食べられないよ。もっと小さくしてくれれば食べられるから。味は好きだけど、もう噛んでも味がしないから小さくして何か味をつけて欲しい。」

と何度も懇願したのですがダメの一点張り。

 

結局泣きながら21時頃に飲み込み、そのまま泣きつかれて寝てしまいました。

 

書きながら思いましたが、これって今なら軽く虐待かもしれませんね(^^;)

今となれば2歳下の弟とたまに笑い話として話すくらいのネタ的な話になってしまっています。まぁ家族としては良い思い出ですが、結局赤身肉は10歳頃まで苦手な意識がずっとありましたので、私が子育てする時は絶対にこんな事だけばしないでおこうと思えた一件です。

(母としては肉は食べられる様にしてやりたかった思いが強かっただけなのだとは思います。)

 

 

(3)高校生になっても生クリームは苦手なままでした・・・

生クリームかぁ・・・

これが一番食べられる様になるまで時間がかかった食べ物でした(^^;)

 

スープやパン生地などに使われている分には問題なかったのですが、ケーキやパフェのトッピングなどに使われるホイップ状の生クリームが苦手でした。

 

生クリームって、別に食べなくても困りはしないので母親としてもあまり無理強いしませんでしたし、私も積極的に改善にむけて取り組んだ事はありませんでした。

 

確か高校生の頃友人と抹茶パフェを食べに行く事になり、

「生クリームがダメなんだ。誰か食べて?」

と友人達に依頼した記憶があります。

 

その時の会話の中で

「生クリームと植物性のホイップクリーム、どちらも食べられないの?」

と聞かれたので

「(植物性の)ホイップクリームなら食べられるよ。見た目で違いがわかる時は植物性の場合なら食べられるよ。」

(見た目の違いとして生クリームの方が気泡が小さいと言いますか。なめらかな仕上がりの時は生クリームかなと判断していた、という程度です。)

と答えたのですが、

「えー、食べても生クリームもホイップクリームも違いがわからないよ~。」

との返事にみんなで笑い合ったものです。

 

 

で、生クリームですが、結局大人になってから食べられる様になったんですよね。

そもそも生クリームの何が苦手かといえば

”食後に感じる上あごに膜がはりついた様なカバー感”

を感じてしまうからなんです。

(先程の友人との会話の中でもこの理由を話しましたが「え~、そんなのは感じた事がないよ。」とびっくりされてしまいました。)

 

おそらく生クリームの油脂が膜の様に口の中に広がるのかなと思います。それが大人になって解消された理由としては、おそらくケーキ等と一緒にコーヒーや紅茶などの温かい飲み物と一緒にいただく機会が増え、膜が溶けやすくなったからだと思うんです。

 

また、意識的に日常生活に運動を取り入れる様になった事もあり、体温が学生時代に比べれば0.3~0.4度程高くなった事も関係しているかもしれません。

 

不思議なもので一度解決方法がわかればあまり不快感を感じなくなり、今となっては子ども用のケーキ作りなどにも積極的に使える様にまでなりました。

 

 

 

 

という事で本日のまとめですが、何がきっかけで苦手を克服出来るかはわからないものなので、息子に対してもあまり苦手さを追い詰めるよりは時を待つのも良いかもしれないなぁと思って日々接しています、という話しでした。

*1:母の名誉のために追記させていただきますが、もしかしたら母はもうこの頃から死に至る病に侵され始めていたのかもしれません。体調が悪くていつもこうした対応をしていたのかなと今は思います。

安全な基地を見つけた様です。

ちょっとだけ近況のご報告です

本年度に入ってから息子の生き生きとした顔色に安堵する毎日の私ですが、おかげ様でこの4月は息子と一緒に過ごした半年の間に放置した大きな家事やら保育士試験などに精を出す事が出来、あーーーっという間に過ぎてしまいました。

 

こうして安心して学校に送り出せる事って幸せな事なんだなぁとつくづく思います。

 

 

その息子の4月の様子といえば、

”とにかく嬉しそうで仕方がない”

といった様子でした(笑)

 

なぜそんなに嬉しそうなのかと申しますと、

今年の担任の先生との関係がとても良好にある様なのです。

 

 

”先生がボクの事を信じてくれる”

そんな思いを先生から感じ、今度は

”先生の事を信じてもいいんだ!”

と信頼を寄せる事が出来る喜びです。

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無事他者と信頼関係を結べた喜びは息子にとってはとても大きいものに思います。

 

こうして学校では担任の先生という安心できる基地を見つけられた事によって、これまでは逃げ場を探し続けてしまっていた学校での過ごし方とはまた違った経験を積み重ねていけるんじゃないかなと思っています。

 

 

そうですね、とりわけ今は”他者の気持ち””周囲の人からどの様に見られているか?”といった部分が非常に伸びている様に感じられます。

2017年を振り返って

お正月頃にUPしたかった下書きメモ的なものを備忘録として残させて下さい。

こうした話し言葉の変化ですとか興味の変遷を記録しておくと後々成長を振り返る時に案外参考になる事が多いなぁと個人的には思っておりますが、いささか超個人的な事すぎてUPする必要性があるのかないのか・・・悩ましい限りではございます(^^;)

 

新しい事への興味

・恐竜→絶滅動物→石器時代へ興味が移行していきました。(最終的にはまた絶滅動物へ戻り、そこから更に2歳代にハマった深海生物等へまた興味を持ち始めた様です。)

・歴史への興味→まんがで書かれた歴史本を読むように。

・漢字や言葉への理解が深まり、同音異義語に気付く→辞書をひくようになる。

・独楽(回るもの)への興味→ハンドスピナーベイブレードにハマる。

ドラゴンボールベイブレードのアニメをよく見る様になり、より人物への興味や共感などが強まった時期でした。

 

幼い頃はミニカーや電車、天体や文字といった事が好きだったのですが、今年は大きく興味の幅が変化したな~と思う年でした。 

 

とはいえ特性上初めての事が苦手なウチの子ですが、学校生活ではそちらの面が色濃く出た一年でもありました。

 

 

語尾の変化

・お父さん〇〇だしね~

〇〇なんじゃない?(〇〇した方がいいんじゃない?)

・ほら、言ったでしょ?

 

学校を休んでいた間にこんな言葉の変化がみられました。反語や語尾の疑問符を上手に使える様になってきました。

 

 

反語の聞き取りと拒否を伝えるのが苦手

しかし一方で、反語を聞き取るのが苦手だという事が顕在化してきました。いわゆる”反語がわからない”というあるあるです。

 

ホントに良くある話なのですが、例えば

「寒くない?」

 と私が問いかけたのに対して息子はほとんど無反応な場合が多いのです。そこで昨シーズンあたりからは

「寒いですか?寒くないですか?」

と無反応な場合は改めて聞く様にしてきたんですね。

 

それを踏まえてつい先日、少し言語理解が進んできた様子がみられるので息子にこんな事を聞いてみました。

「あのね、『寒くない?』って聞く時は最後に”?”クエスチョンマークがついているんだけどわかってた?」

と聞くと

「!?」

ニヤリとしつつも絶句してました。そこで

「もしかして『寒くないよね』っていう風にお母さんの気持ちを言っているのだと思ってた?」

と改めて聞くと

「うん。そう思ってた。だから『本当は寒いのに違うって言いにくいなぁ』と・・・。」

 

この様に相手に同調する事が難しい場合に自分の気持ちを正直に相手に伝える事が難しいという面が

 

新たなチック?

・お腹を指はじきする

 

 

 

ざっとまとめたのですが、抜けがあれば随時追記予定です。

面妖な事 ~サリーとアンの課題にて~

今日はちょっと軽めの我が家の日常をご紹介します。

 

今年度に入り毎日楽しく学校に通うウチの息子くん。

 

そんな息子の帰宅後のお楽しみ用に日々何か仕掛けを用意して待つ私ですが、そんな仕掛けの一つに”サリーとアンの課題”がありました。

 

”サリーとアンの課題”とは『心の理論』の発達状態を確認する質問なのですが、その『心の理論』とはWikipediaの言葉をお借りすると

”ヒトや類人猿などが、他者のの状態、目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測などを推測する心の機能のことである。”(心の理論 - Wikipediaより)

との事なんですね。

 

つまり対人関係においてとても重要な能力であり、(相手に共感できるかどうかは別として)相手の状況を理解する事が出来るかどうかといった能力かなと思っています。

 

で、その課題ですが先述のWikipediaにもあります様に実はいくつか種類かあります。その中でも今回は何度も実施した事がある”サリーとアンの課題”を文章で提示してみる事にしました。

 

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※↑最初に手書きした状態の写真を撮り忘れたので、わかりやすくご提示する為にこの後修正した部分をパソコン上で少し修正させて頂いております。不自然感がありますがご了承下さい。

 

というのもこの課題、今までは4~5歳代でも何度かトライしているのですがその際はイラストや言葉を使って説明してきました。

 

なので今回はあえて上記の様に文章にしてみました。

 

 

「今日はこんなクイズを準備しておいたよ。」

と息子に見せてみると、1分弱は眺めておりましたがその後無言に。

「どう?わかった?」

と聞いてみると

「こんなのわかんないよ。」

と全然興味がなさそうでした(^^;)

 

なので念のため

「じゃあ、こうしてみたらどうかしら?」

と名前の部分を日本人に馴染みやすい「太郎」と「花子」にその場で書き換えたところ

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「なんだ、簡単じゃん!絶対にカゴを見るよ。」

と文章を1秒ほどで読み終え即答していました。

 

確かに超がつく速読派なんですが・・・あまりに回答が速すぎたので

「なんで太郎くんはカゴを見ると思ったの?」

と念のため理由を聞いてみると

「だって太郎が片付けたのはカゴでしょ?自分で片付けたところから見るでしょ、普通。」

と自分が考えた理由をしっかりと答えていました。

 

 

うぅむ・・・。

この手の質問って

・イラスト/文章

・言葉で説明

・その国に馴染みのある人物像や背景であるか?

 

こうした要因も回答出来るかどうかにかかわるんだなぁと勉強させられました。

 

それぞれ個人個人で得意な情報の得方や処理方法がありますよね、いかに相手に伝わる様に伝えるかが大切なんだなぁ、と子どもの理解の仕方を通じて自分の発信方法に気を配る良い気付きになりました。

 

 

 

 

【追記】(2018/05/11)

※後日イラスト版も試してみました。↓

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 こちらは口頭で30秒程の説明を加えながら④のイラストを見終わった時点で

「Aさんが最初にボールを探すのはどこからでしょうか?」

と聞いたところ

「もちろんカゴだよ。人間てのはまずは自分が片付けた所から探す習性があるよね。」

と理屈を述べておりました(^^;)

 

イラスト版でも一応クリアできたようです。 

『連れてきてしまった』という思い 『連れていけなかった』という思い

 

昨日の記事(通えるようになりました<(_ _*)>)でようやく学校に通い始めた事をご報告させていただきましたが、息子が不登校だったこの半年程の間で私がずっと囚われてしまった考えについて記録しておきたい事を残させて下さい。


 

『連れてきてしまった』という思い

小1の息子の不登校が続く中、日増しに強くなる自虐的な考えがありました。

特に新学年が始まる直前にはピークへと達してしまったその思いとは、

 

『私が息子を無理矢理ここまで連れてきてしまったのでは・・・。』

 

という強い後悔と自責の念でした。

 

約1年前に引っ越し先を探す中で今住んでいる地域の事を良く調べもせず選んでしまったのも自分、本人が早生まれであるという事もあってまだまだ伸びしろもあるだろうと普通級しか考慮しなかったのも自分*1

 

そして何よりも

『私自身が躍起になりすぎて、息子を本来自然に伸びるはずの成長以上に伸ばそうとしてしまったのでは・・・?』

『そうした家庭療育を後先考えずに進めてしまったのも自分なのだ』

という思いです。

 

 

 

これまでは

『ここまでの成長は息子が本来持てる力をもって自然のままに成長した結果と、プレや幼稚園、作業療法や習い事といった形で関わって下さった方々のお力やお助けがあって今この場所にいるんだ』

と思っておりました。

 

なのに当時の私は相当参っていたのでしょうね。

随分おこがましい考えをしてしまっていたのです。

『自分がちょっと頑張りすぎて息子をここまで引き上げてしまった、連れてきてしまった。』

と。

 

未就学の頃、家庭療育だの発達についての独学だのと自分が頑張りすぎてしまい、うっかり息子が普通学級に入学出来てしまう程に成長させすぎてしまったのではないか・・・と。

 

 

2歳半頃に受けた発達検査では平均でDQ85。

だからもしその時に気付かぬふりをしてそのまま発達を促す事なく過ごしていたら、ひょっとしたら今頃息子は支援級で穏やかに過ごせていたのかもしれない・・・なんてこれまでの周囲の方や息子の努力を全て否定するような悲観的な考えをついついしてしまいます。

 

努力・・・なんか・・・しなければ良かったのかもしれません。

(過去のブログを見てもし頑張ろうと思って下さった方がいらっしゃいましたらすみません。本当は努力すれば報われると申したい気持ちなのですが、今は安易にそう言えなくて本当に申し訳ございません。)

 

 

特に子どもが2年生になる直前、

どこにも私たち親子の居場所が無い様な気持ちに駆られ・・・頭の中は上記の様な思いでいっぱいでした。

 

 

 

真逆の『連れていけなかった』という思い

しかし一方で、もし自分の家庭療育にある程度の効果があったとするならば・・・と考えると・・・もっともっと強く自分を責めざるを得ませんでした。

 

つまり、もっと私が頑張っていたら、引っ越しなんかせず息子の成長をもっともっと促す事だけに専心していれば・・・少しも手を抜いていなければ・・・

 

今頃もしかすると学校で辛い思いなんかしていなかったんじゃないか?

 

という考えに至る訳です。

 

 

少し考えこんでしまうとこの様な自罰的な考えから脱却出来なかったので、息子とただ坦々と毎日を過ごす様にしておりました。

 

 

 

 

 

お母さんに操られている!

まぁ、そんな親の心を見透かすかの様なタイミングで少し面白い出来事が起こりました。

 

ちょっと車の往来が激しい道路を歩いていた時、あまり深く考えず反射的に少し手を無理矢理繋いでしまった時の事でした。

息子がふいに

「お母さんがボクの事を操っている!操られているよ!」

と怒りをあらわに手を振り払いました。

 

あまりにも唐突でしたので思わず 

「もう、危ないからよ!」

と言ってしまったのですが、でも心のどこか安堵してしまいました。

 

『あぁ、この子もそんな風に感じられるし、それを言葉にして表現出来る様になってきたんだなぁ。』

って素直に嬉しくなりました。

 

誰かに言われた通りに進むのではなく、自分で考えて行動出来る人間になって欲しいという目標を掲げてここまで参りましたのでこうした事を不快に思う事はとても大事な事だと思うんです。

夫や私がいなくなっても、善悪や是非を自分で考え、自分で選択し、自分で歩んで行ける様になって欲しい。

 

その為にはまだしばらくの間は価値観や善悪といった部分を一緒に考えてみたり、どうしたら良いのか?といった判断を自分で考えていける様な心の核の部分をゆっくり育んでいけたらいいなと思っています。

 

 

 

変わらずにいてくれた人達*2

※少し書き漏れた事がありましたので後日追記させていただきます。

こうした大変苦しい大きな波に襲われた我が家でしたが、そんな時でもいつもと変わらずに接してくれた方々が何人かいらっしゃいました。

 

大変な時にあえて必要以上の同情をする訳でもなく、かといって辛い気持ちや心情はそっと汲みとり、無理強いはせず時が過ぎるのを一緒に見守ってくれた人達の存在があったからこそ今の我が家がある様に思います。

 

ちょうど先日の冬季オリンピックでスピードスケートの小平奈緒選手が金メダルを獲得した時の会見で

「良い時も悪い時も私を認めて下さる皆さんが周りにいたから。」

という内容の言葉を口にされた事があったのですが、

その通りだなぁとつくづく痛感しました。

 

こうした苦難の時に寄り添ってくれた方々の事はこれからも大切にしていきたいなと思った次第です。

*1:我が家の住んでおります地域ではDQの数値で普通級/支援級の判定がなされる為、自閉度の高さはその判断には使われない様なんですね。だからこの時に仮に支援級への進学を希望していたとしても適わなかった可能性の方が大きいのですが、今から振り返ってみれば『インクルージブ教育が行き届いた地域で、普通級でもある程度の配慮がなされるのかな?』等と随分のんびりとこちらの都合に良い様な勝手な思い込みをしていた様に思います。

*2:2018/05/07追記分

通えるようになりました<(_ _*)>

何とか登校しています(*^^*)

更新出来ない日が続いておりますが、その間に新年度も始まりましたね。

皆様は良いスタートを切られたでしょうか?

 

 

さて、昨年度は不登校となってしまった小1のうちの子ですが、新年度で新しい担任の先生に交代した事によりまた通学できる様になりました。

 

先週1週間、少し頑張りすぎた様にも思いますが新しい先生のご指導に必死についていこうとする息子の様子が見られました。

 

そうはいってもつい先日までは学校に通えなかった子です。まだまだ色々解決していかなくちゃいけない事があると思いますし、

何より私たち親としましてはあまり頑張りすぎてまた途中で枯渇してしまわない様に適度なペース配分で一緒に進んで行きたいなと思っています。

 

また途中で『不登校が再発しました』というご報告をさせていただく事もあるかもしれませんが、気長に見守っていただければと思います。

 

 

 

『光とともに・・・』を読んでいます

という事で、この半年間ずっと息子にかかりっきりだったので少し自分のブラッシュアップのつもりもあって少し時間を見つけては

”光とともに・・・~自閉症児を抱えて~”(著者:戸部けいこ 出版所:秋田書店

を読んでいます。

※ずっと読みたかったんですけれど、図書館で1巻から揃っている事がなかなかなかったのでした~(>_<)

 

読み始めた今から思えば

「まだ読んでいなかったの!?」

とお叱りを受けそうなくらいな思いですが、この漫画を読んで改めてうちの環境とよく似ているなぁ(^^;)と思います。

 

特に幼少期の光くんの様子を読みながら懐かしく振り返る、今は少しだけ時間を過ごさせて頂いております。

 

我が家の環境で特に大きく異なるのはウチの子は光くんとは真逆に多弁すぎる事*1とうちの子には弟妹がいない事かなぁ?なんて比較してみたり我が家を客観視する良い機会になっています。

 

ですからこれからの息子に起こる事やその対処法、そして周囲の方への伝え方なんかをこちらのまんがを通じて勉強出来たらなぁと思っています。

 

 

 

 

*1:だけど要求が下手な点などはやはりよく似ていますのでうちの子はコミュニケーションとしての言葉を発しているとは言い難いかなぁ・・・?なんて思っています。だからつまり言葉が多いだけでつまりは光くんと似ているな、と思っています。

7歳目前で歯が抜けました。

硬かった梅のつぼみもいつの間にか咲き誇る今日この頃。梅の香に誘われてメジロも良く見かける様になりました。

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こうして外では季節が足早に移ろいゆく中・・・不登校でずっと家で過ごす息子にも毎日同じ様な日々の中にも少しだけ変化がありました。

 

1年がかりで歯が抜けました(^^;)

実は去年の今の時期に記事に書こうか迷っていたのですが、気付けば1年が経ってしまいまいました(笑)ちょうど1年前の4月頃に下の前歯の1本がグラグラとし始めたのです。いよいよ抜けるかも、と記録しようかと思っていたのですが中々グラグラが進みませんでした(^^;)

 

そこから↓お口の中のトラブルなどの件を経て・・・

let-me-pick-you-up-d.hatenablog.com

7歳の誕生日を目前にした先日、ようやく1本抜けました。

 

思い返せば生後2ヶ月で一番最初に生えてきたこの歯。

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授乳中に噛まれたのでびっくりして思わず写真を撮ったのが懐かしいです(笑)

 

生え始めが異様に早いわりにとても遅い抜け替わりとなりました(^^;)こうした点も発達の凸凹と何か因果関係があるのかもしれませんね。

 

 

「歯が抜ける事は悲報だよ~!!」

と当の本人は中々前向きに受け止められない様ですが、成長を止める事は難しい様です。その後すぐ隣の歯も抜けました(笑)

今後は順調に抜けていってくれればいいなと思います。

 

 

 

 

お手伝いや切り抜き遊び

学校を休んでいる間に普段している事の記録を少しだけさせて下さい。

 

以前は勉強をしていました。

でもそれもいつしか嫌がる様になりました。

家庭でこれ以上嫌な思いをさせてしまってこの子の行き場を無くす事だけはどうしても避けたかったのでもう無理強いさせない事にしました。

 

今は

「お手伝い」と「図形遊び」

なんかをして過ごしています。

 

計算はわりと好きみたいなのですが、図形は本当に苦手です(^^;)

半分に折った紙を切った時の形が想像できなくてかなり苦しんでいます。まぁ・・・休んでいる間に一緒に色々な形を作る事から慣れていけたらいいかなぁ。

 

一つ大きな収穫は、気付けばこの半年程でハサミの使い方は随分上手になりました。

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ひょっとするとこの冬から”ベイブレード”という今どきの駒遊びに夢中になって遊んでいた事で指先のスキルが少しUPしたのかも??なんて思っています。

 

 

 

 

↓歯が抜けた事は”朗報”なんだよ、と励ましてやりたくて歯の生え変わり記念にパズル同士が磁石でくっつくブロックを買ってみました。磁力が中々強力な事や形を作る爽快感がかなり面白い様です。

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朝起きて着替えも忘れて取り組む様子も見られます。

どんなお子さんでもそうだとは思いますが、特にこの子は楽しく学ぶ事が大事なんだろうなと思います。

 

 

 

 

又、もう一つのエピソード「お手伝い」の件ですが、お手伝いが始まったのは息子が言い出した事でした。

ある日、

「どうしても買いたいおもちゃがあるからお手伝い1回につき10円ちょうだい?」

というので試しにそのルールで色々とさせてみる事にしました。

 

普段は声掛けをしても無反応な事も多い息子ですが、なぜか

「お手伝いして?」

と言うだけで飛んでくるではありませんか(笑)

ずっと以前に息子にとって日本語より聞こえやすい英語で声掛けをしていた頃がありましたが、極端な言い方かもしれませんがその10倍以上の感度です(^^;)

 

なので主に配膳やお茶碗をさげさせてみたり、洗濯たたみなどに毎日取り組んでいます。

 

特に洗濯をたたむ技術というのは苦手な図形を理解するのに良かったり、手先を動かしたり視点を全体⇔細部などに移動させたりする動きがこの子の弱点を少しづつ鍛えてくれるのに中々良い効果がある様に思います。

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何より楽しんでやってくれているのが一番嬉しかったりします(*^^*)

いつか自立した時に一緒に畳む練習をした事を思い出してくれたらいいな、なんて思っています。